ダークロHP / レスラーノート

小橋建太

本名:小橋 健太
1967年3月27日
京都府福知山市出身
186cm 120kg 血液型B型
タイトル歴:三冠ヘビー 世界タッグ アジアタッグ GHCヘビー GHCタッグ GHCハードコア
得意技:剛腕ラリアット ムーンサルトプレス ハーフネルソンスープレックス バーニングハンマー スリーパースープレックス オレンジクラッシュ 逆水平チョップ 超滞空ブレーンバスター ヘッドロック

中学、福知山高校時代と柔道に打ち込み、1度は一般企業(京セラ)に勤務したが夢捨て切れず、一念発起してプロレス入り。 当初は年齢と格闘技の経歴がないため断られたが馬場と面談し入団決定。馬場の付き人となる。88年2月26日、滋賀県栗東町民体育館の大熊元司戦でデビュー。4分48秒、ランニングヘッドバッドに敗れた。デビュー後、引き分けをはさんで63連敗。89年3月27日、後楽園ホール大会で馬場と組んで川田冬木組のアジアタッグ王座に挑戦。ダイビング・ボディアタックを見せるなど健闘したが、18分7秒、川田のドラゴンスープレックスに小橋が敗れた。5月16日、岐阜・可児大会でミッチ・スノーと対戦。11分46秒、ボディアタックを切り返しての片エビ固めで勝利。シングル初勝利を挙げた。89年度プロレス大賞の新人賞を受賞。90年1月の試練の7番勝負で2勝5敗。4月9日、岡山武道館大会で2代目タイガーマスクと組んでダグ・ファーナスダニー・クロファット組を破りアジアタッグ王座を獲得。5月17日、広島県立体育館大会で、素顔になった三沢と組んでデイビーボーイ・スミスジョニー・スミス組を相手にタッグ王座の初防衛に成功。試合後、タッグ王座を返上した。91年11月17日、富士市立富士体育館大会でテリー・ゴディと対戦。ムーンサルトプレスをよけられて自爆し、19分7秒、パワーボムに敗れた。 93年5月21日、札幌中島体育センター別館大会でテリー・ゴディと対戦。19分39秒、ムーンサルトプレスで勝利。7月29日、日本武道館大会でスタン・ハンセンと対戦。22分35秒、ラリアットに敗れた。8月31日、豊橋市総合体育館大会でスティーブ・ウイリアムスを相手に三冠王座挑戦者決定戦。27分19秒、バックドロップドライバーとも呼ばれる超急角度のバックドロップをくらい、カウント2で返した直後にさらにバックドロップをくらってしまい、27分19秒、もはや自力で立てない状態でバックドロップホールドをくらって敗れた。9月3日、日本武道館大会でザ・パトリオットと対戦。14分52秒、ムーンサルトプレスで勝利。10月23日、日本武道館大会で川田と対戦。29分37秒、ストレッチプラムに敗れた。年末の世界最強タッグ決定リーグ戦では三沢と組んで参戦。12月3日、日本武道館大会での優勝決定戦で川田、田上組と対戦。23分34秒、小橋がバックドロップで川田に勝利。世界タッグ王座を獲得した。93年度のプロレス大賞で三沢と共に最優秀タッグチーム賞を受賞した。94年3月19日から始まったチャンピオンカーニバルに参戦。3月20日、後楽園ホール大会でジョニー・エースと対戦。21分22秒、ムーンサルトプレスで勝利。3月24日、平塚総合体育館大会で田上と対戦。30分時間切れ引き分け。3月27日、松本市総合体育館大会で田上と対戦(非公式リーグ戦)。30分時間切れ引き分け。3月28日、長岡市厚生会館大会でダグ・ファーナスと対戦。15分25秒、ムーンサルトプレスで勝利。3月29日、富山市体育館大会でジョニー・スミスと対戦。16分45秒、ムーンサルトプレスで勝利。4月2日、出雲ドーム大会でビッグ・ジョン・ノードと対戦。11分41秒、ムーンサルトプレスで勝利。4月5日、熊本市体育館大会でジ・イーグルと対戦。12分17秒、ムーンサルトプレスで勝利。4月6日、博多スターレーン大会で川田と対戦。23分6秒、パワーボムに敗れた。4月10日、宮城県スポーツセンター大会でハンセンと対戦。26分55秒、ムーンサルトプレスで勝利。4月11日、大阪府立体育会館大会で秋山と対戦。14分40秒、ムーンサルトプレスで勝利。4月15日、後楽園ホール大会でスティーブ・ウイリアムスと対戦。22分10秒、バックドロップホールドに敗れた。リーグ戦は8勝2敗1引き分け(1不戦勝)に終わった。5月21日、札幌中島体育センター別館大会で川田、田上組を相手にタッグ王座の防衛戦。40分25秒、小橋がムーンサルトプレスで田上に勝利。7月14日、大分県立荷揚町体育館大会でジョニー・エースと対戦。30分時間切れ引き分け。7月17日、博多スターレーン大会で田上と対戦。30分時間切れ引き分け。7月22日、清水市営体育館大会でウイリアムス、エース組を相手にタッグ王座の防衛戦。27分48秒、三沢がダイビング・ネックブリーカードロップでエースに勝利。9月3日、日本武道館大会でスティーブ・ウイリアムスの3冠王座に挑戦。3冠王座への初挑戦となり大熱戦を展開したが、41分23秒、バックドロップホールドに敗れた。年末の世界最強タッグ決定リーグ戦では三沢と組んで2年連続優勝した。94年度のプロレス大賞で三沢と共に最優秀タッグチーム賞を受賞した。95年1月7日、大分県立荷揚町体育館大会でスティーブ・ウイリアムスと対戦。30分時間切れ引き分け。1月19日、大阪府立体育会館大会で川田の3冠王座に挑戦。2日前に大震災が起こり、全選手のファイトマネー全額を義援金として寄付するチャリティー興行となった。詰めかけた満員のファンの前で激闘を繰り広げ、60分時間切れ引き分け。1月24日、山形県体育館大会で川田、田上組を相手にタッグ王座の防衛戦。60分時間切れ引き分け。3月4日、日本武道館大会でウイリアムス、エース組を相手にタッグ王座の防衛戦。36分7秒、小橋がダイビングギロチンドロップでエースに勝利。3月21日から始まったチャンピオンカーニバルに参戦。開幕戦の後楽園ホール大会で田上と対戦。25分22秒、変型パワーボムに敗れた。3月23日、常陸太田市民体育館大会でダニー・スパイビーと対戦。5分57秒、ムーンサルトプレスで勝利。3月25日、長岡市厚生会館大会でダグ・ファーナスと対戦。14分48秒、ドラゴンスープレックスで勝利。3月26日、松本市総合体育館大会で三沢と対戦。22分31秒、タイガースープレックス85に敗れた。3月27日、浜松市体育館大会でジョニー・エースと対戦。30分時間切れ引き分け。3月30日、富山県総合体育センター大会で秋山と対戦。18分14秒、オレンジクラッシュで勝利。4月5日、博多スターレーン大会でハンセンと対戦。30分時間切れ引き分け。4月6日、岡山武道館大会で大森隆男と対戦。14分46秒、ドラゴンスープレックスで勝利。4月11日、名古屋市体育館大会でダニー・クロファットと対戦。15分14秒、ドラゴンスープレックスで勝利。4月13日、宮城県スポーツセンター大会で川田と対戦。30分時間切れ引き分け。リーグ戦を5勝2敗3引き分けで終えた。5月26日、札幌中島体育センター別館大会でジョニー・エースと対戦。30分時間切れ引き分け。6月9日、日本武道館大会で川田、田上組を相手にタッグ王座の防衛戦。42分37秒、川田のパワーボムに三沢が敗れて王座転落。この試合でプロレス大賞のベストバウトを受賞した。7月6日、広島市東区スポーツセンター大会でジョニー・エースと対戦。28分36秒、ドラゴンスープレックスで勝利。7月13日、佐世保市体育文化館大会でパトリオットと対戦。23分4秒、パワーボムに敗れた。7月24日、日本武道館大会で田上と対戦。30分時間切れ引き分け。10日15日、愛知県体育館大会で三沢と組んで川田、田上組の世界タッグ王座に挑戦。60分時間切れ引き分け。10月25日、日本武道館大会で三沢の3冠王座に挑戦。35分51秒、タイガードライバー91に敗れた。年末の世界最強タッグ決定リーグ戦では三沢と組んで参戦。12月2日、大分県立煮揚町体育館大会で川田と対戦。30分時間切れ引き分け。12月9日、日本武道館大会で川田、田上組と優勝決定戦。27分4秒、小橋がムーンサルトプレスで田上に勝利。3年連続優勝を達成した。96年3月22日から始まったチャンピオンカーニバルに参戦。開幕戦の後楽園ホール大会で田上と対戦。30分時間切れ引き分け。3月24日、戸田市スポーツセンター大会で秋山と対戦。18分34秒、ムーンサルトプレスで勝利。3月28日、伊勢崎市民体育館大会で本田多聞と対戦。16分31秒、ムーンサルトプレスで勝利。3月30日、福井市体育館大会でパトリオットと対戦。18分7秒、ムーンサルトプレスで勝利。3月31日、愛知県体育館大会で三沢と対戦。24分7秒、ダイビング・ネックブリーカードロップに敗れた。4月1日、大阪府立体育会館大会でハンセンと対戦。22分15秒、パワーボムを切り返してのエビ固めでフォール勝ち。4月5日、大分県立荷揚町体育館大会で大森と対戦。14分29秒、ムーンサルトプレスで勝利。4月7日、博多スターレーン大会で川田と対戦。29分38秒、パワーボムに敗れた。4月10日、京都・KBSホール大会でスティーブ・ウイリアムスと対戦。27分53秒、後頭部へのダイビング・ギロチンドロップで勝利。4月14日、宮城県スポーツセンター大会でゲーリー・オブライトと対戦。14分9秒、ジャンピング・ネックブリーカードロップで勝利。4月18日、平塚総合体育館大会でジョニー・エースと対戦。30分時間切れ引き分け。リーグ戦は7勝2敗2引き分けに終わった。5月24日、札幌中島体育センター別館大会で川田を相手に3冠王座挑戦者決定戦。19分41秒、ジャンピングハイキックに敗れた。7月11日、博多スターレーン大会で秋山と対戦。30分時間切れ引き分け。7月24日、日本武道館大会で田上の3冠王座に挑戦。27分25秒、ダイビング延髄ギロチンドロップで勝利。3冠王座を初めて獲得した。以後、名実共にプロレス界を背負って立つ存在に成長。8月23日、萩市民体育館大会でジョニー・エースと対戦。24分21秒、ラリアットで勝利。9月5日、日本武道館大会でハンセンを相手に防衛戦。26分7秒、ラリアットで勝利。10月12日、愛知県体育館大会で小橋と組んでウイリアムス、エース組の世界タッグ王座に挑戦。32分33秒、ウイリアムスのタイガースープレックスにパトリオットが敗れた。10月18日、日本武道館大会で川田を相手に防衛戦。60分時間切れ引き分け。年末の世界最強タッグ決定リーグ戦ではパトリオットと組んで参戦。リーグ戦は8勝4敗に終わった。97年1月20日、大阪府立体育会館大会で三沢を相手に防衛戦。エプロンから場外へのパワーボムを狙ったが、ウラカンラナに切り返されて転落。42分6秒、エルボーバットに敗れて王座転落。3月22日から始まったチャンピオンカーニバルに参戦。開幕戦の後楽園ホール大会で大森と対戦。13分53秒、ラリアットで勝利。3月24日、千葉公園体育館大会で本田と対戦。13分、ラリアットで勝利。3月25日、佐久市総合体育館大会でゲーリー・オブライトと対戦。12分39秒、ラリアットで勝利。3月28日、長岡市厚生会館大会で三沢と対戦。24分9秒、ラリアットで勝利。3月30日、愛知県体育館大会で秋山と対戦。20分13秒、ラリアットで勝利。4月4日、熊本市体育館大会でジョニー・エースと対戦。16分39秒、ラリアットで勝利。4月5日、岡山武道館大会で田上と対戦。21分22秒、ダイナミックボムに敗れた。4月10日、ツインメッセ静岡大会でハンセンと対戦。19分51秒、ラリアットで勝利。4月12日、後楽園ホール大会で川田と対戦。30分時間切れ引き分け。4月14日、新潟市体育館大会でスティーブ・ウイリアムスと対戦。23分50秒、バックドロップに敗れた。4月15日、郡山セントラルホール大会でジャイアント・キマラと対戦。13分23秒、ラリアットで勝利。リーグ戦を9勝2敗1引き分け(1不戦勝)の同点1位で終了。4月19日、日本武道館大会で三沢、川田を相手に巴戦で優勝決定戦。第1試合で三沢と対戦。30分時間切れ引き分け。第2試合で川田が三沢に勝利。第3試合で川田と対戦。21分27秒、ジャンピングハイキックに敗れて川田の優勝に終わった。5月27日、札幌中島体育センター別館大会でジョニー・エースと組んで川田、田上組の世界タッグ王座に挑戦。23分40秒、小橋がラリアットで田上に勝利。世界タッグ王座を獲得した。7月25日、日本武道館大会でウイリアムス、オブライト組を相手にタッグ王座の防衛戦。29分36秒、合体雪崩式パワーボムをくらってウイリアムスに小橋がフォール負け。世界タッグ王座から転落した。8月26日、札幌中島体育センター別館大会で馳浩と対戦。32分49秒、ラリアットで勝利。9月29日、松本市総合体育館大会で秋山と対戦。21分57秒、ラリアットで勝利。10月4日、愛知県体育館大会でジョニー・エースと組んでウイリアムス、オブライト組の世界タッグ王座に挑戦。22分38秒、小橋がラリアットでオブライトに勝利。世界タッグ王座を奪回した。10月21日、日本武道館大会で三沢の3冠王座に挑戦。32分55秒、タイガードライバー91に敗れた。この試合でプロレス大賞のベストバウトを受賞した。98年1月25日、横浜文化体育館大会で川田、田上組を相手にタッグ王座の防衛戦。32分6秒、田上のダイビングハイキックに小橋が敗れて世界タッグ王座から転落。98年2月24日、ツインメッセ静岡大会でハンセンと対戦。30分時間切れ引き分け。3月21日から始まったチャンピオンカーニバルに参戦。開幕戦の後楽園ホール大会でジョニー・エースと対戦。30分時間切れ引き分け。3月22日、後楽園ホール大会でウルフ・ホークフィールドと対戦。9分9秒、ラリアットで勝利。3月27日、長岡市厚生会館大会で川田と対戦。19分34秒、ラリアットで勝利。川田からシングル初勝利を挙げた。3月28日、福井市体育館大会でゲーリー・オブライトと対戦。13分58秒、フルネルソンスープレックスに敗れた。3月29日、愛知県体育館大会で大森と対戦。12分42秒、ラリアットで勝利。4月1日、岡山武道館大会で三沢と対戦。25分、タイガードライバー91に敗れた。4月7日、熊本市体育館大会でキマラと対戦。12分35秒、ラリアットで勝利。4月11日、後楽園ホール大会で秋山と対戦。30分時間切れ引き分け。4月12日、宮城県スポーツセンター大会で泉田と対戦。12分29秒、ラリアットで勝利。4月14日、会津若松鶴ヶ城体育館大会でスティーブ・ウイリアムスと対戦。20分6秒、ラリアットで勝利。4月16日、小山ゆうえんちアメリカンビレッジ大会でハンセンと対戦。19分32秒、ラリアットで勝利。リーグ戦は8勝2敗2引き分け(1不戦勝)に終わった。6月5日、札幌中島体育センター別館大会でジョニー・エースと組んで川田、田上組の世界タッグ王座に挑戦。30分26秒、田上のダイナミックボムに小橋が敗れた。6月12日、日本武道館大会で川田の3冠王座に挑戦。33分49秒、ラリアットで勝利。3冠王座を獲得した。7月24日、日本武道館大会で秋山を相手に防衛戦。32分50秒、ラリアットで勝利。8月、秋山、志賀賢太郎金丸とユニット「バーニング」を結成。9月11日、日本武道館大会で田上を相手に防衛戦。25分39秒、ラリアットで勝利。10月11日、愛知県体育館大会で秋山と組んで川田、田上組の世界タッグ王座に挑戦。29分51秒、川田のジャンピングハイキックに秋山が敗れた。10月31日、日本武道館大会で三沢を相手に防衛戦。エプロンから場外へのタイガードライバーをくらって大ダメージを負い、43分29秒、エルボーバットに敗れて3冠王座から転落した。この試合でプロレス大賞のベストバウトを受賞した。年末の世界最強タッグ決定リーグ戦では秋山と組んで参戦。12月5日、日本武道館大会での優勝決定戦でハンセン、ベイダー組と対戦。19分3秒、小橋がラリアットでハンセンに勝利。リーグ戦に優勝した。99年1月7日、高知県民体育館大会で秋山と組んで川田、田上組の世界タッグ王座に挑戦。25分58秒、小橋がラリアットで田上に勝利。世界タッグ王座を獲得した。1月15日、横浜文化体育館大会でベイダーと対戦。16分59秒、ビッグバンクラッシュに敗れた。3月6日、日本武道館大会で三沢、小川良成組を相手にタッグ王座の防衛戦。30分49秒、秋山がエクスプロイダーで小川に勝利。3月26日から始まったチャンピオンカーニバルに参戦。3月27日、後楽園ホール大会で大森と対戦。17分14秒、ラリアットで勝利。3月31日、新潟市体育館大会で三沢と対戦。24分15秒、ラリアットで勝利。4月2日、岡山武道館大会で高山善廣と対戦。11分52秒、ラリアットで勝利。4月4日、広島市東区スポーツセンター大会で秋山と対戦。24分37秒、ラリアットで勝利。4月5日、博多スターレーン大会で田上と対戦。17分6秒、ラリアットで勝利。4月6日、熊本市体育館大会で新崎人生と対戦。16分20秒、ラリアットで勝利。4月8日、大阪府立体育会館大会でベイダーと対戦。30分時間切れ引き分け。4月11日、後楽園ホール大会でジョニー・エースと対戦。30分時間切れ引き分け。4月14日、岩手県営体育館大会でゲーリー・オブライトと対戦。12分25秒、ラリアットで勝利。リーグ戦を7勝2引き分けの1位で終了。4月16日、日本武道館大会でベイダーを相手に優勝決定戦。19分11秒、ベイダーアタックに敗れた。6月9日、宮城県スポーツセンター大会でジョニー・エース、バート・ガン組を相手にタッグ王座の防衛戦。19分36秒、エースのコブラクラッチスープレックスに秋山が敗れて王座転落。6月11日、日本武道館大会で三沢の3冠王座に挑戦。必殺のタイガードライバー91を返したが、43分40秒、エメラルドフロウジョンに敗れた。9月4日、日本武道館大会でザ・グラジエーターと対戦。19分9秒、ラリアットで勝利。10月23日、愛知県体育館大会で秋山と組んで三沢、小川組の世界タッグ王座に挑戦。27分25秒、小橋がバーニングハンマーで三沢に勝利。世界タッグ王座を獲得。10月30日、日本武道館大会で高山、大森組を相手にタッグ王座の防衛戦。14分54秒、小橋がラリアットで高山に勝利。年末の世界最強タッグ決定リーグ戦では秋山と組んで参戦。12月3日、日本武道館大会で田上、ハンセン組を相手に優勝決定戦。20分15秒、秋山がエクスプロイダーで田上に勝利。リーグ戦に優勝した。00年1月10日、熊本市総合体育館大会でベイダー、ジョニー・スミス組を相手にタッグ王座の防衛戦。17分10秒、秋山がエクスプロイダーでスミスに勝利。1月17日、大阪府立体育館会館大会で川田と対戦。18分15秒、ラリアットで勝利。2月17日、北海道立総合体育センター大会でスティーブ・ウイリアムスと対戦。24分37秒、ラリアットで勝利。2月20日、神戸ワールド記念ホール大会でベイダー、ウイリアムス組を相手にタッグ王座の防衛戦。25分14秒、ベイダーのチョークスラムに小橋が敗れて世界タッグ王座から転落した。2月27日、日本武道館大会でベイダーの3冠王座に挑戦。19分49秒、ラリアットで勝利。3冠王座を獲得した。4月1日、岡山武道館大会でトーナメント戦となったチャンピオンカーニバルに参戦。1回戦でジョニー・エースと対戦。20分56秒、ラリアットで勝利。4月8日、後楽園ホール大会での2回戦でジョニー・スミスと対戦。17分43秒、腕固めで勝利。4月11日、石川県産業展示館1号館大会での準決勝で三沢と対戦。26分8秒、ラリアットで勝利。4月15日、日本武道館大会での決勝で大森と対戦。25分12秒、ラリアットで勝利。チャンピオンカーニバルに優勝した。5月26日、日本武道館大会で高山を相手に防衛戦。21分20秒、ラリアットで勝利。00年、ノアの旗揚げに参加。小橋建太に改名。度重なる膝への負担が元で長期欠場になる。02年2月17日、武道館での復帰戦で左膝を負傷。またもや戦線離脱を余儀なくされた。

7月5日に復帰後は、常勝エースとしてノアに君臨。03年3月1日、日本武道館大会で三沢を破り第6代GHCヘビー級王座を獲得した。2年間に渡り同王座を防衛。絶対王者と呼ばれたが、05年3月5日に力皇猛に敗れて王座陥落。7月18日のノアの東京ドーム大会ではセミファイナルで佐々木健介と初の対戦。合計200発以上に及ぶ壮絶なチョップ合戦の末に23分38秒、剛腕ラリアットで勝利した。9月20日から10月4日まで、アメリカ遠征。9月22日、WLWのエルドン大会でWLW王者のワイルド・ウェイド・チズムと対戦。14分8秒、剛腕ラリアットで勝利した。10月1日、ROHのニューヨーク大会でサモア・ジョーとシングルで対戦。23分42秒、剛腕ラリアットで勝利した。10月2日、ROHのフィラデルフィア大会でホミサイドと組んでサモア・ジョー、ロウキー組と対戦。27分36秒、ロウキーから剛腕ラリアットで勝利した。06年6月29日、右腎臓の腫瘍手術のため長期欠場を表明。7月6日に右腎臓摘除手術。7月27日に退院した。12月12日、日本武道館大会に来場し、ファンに挨拶。「今回の病気のことでみなさんに大変ご心配をおかけしました。手術も成功し、体調も徐々に良くなっております。これから先のことはまだなにも決まっていませんが、必ず、このリングに・・・・・・帰ってきます!」と力強く宣言した。12月2日、日本武道館大会で復帰戦。高山善廣と組んで三沢、秋山組と対戦。この対戦カードは、脳梗塞から長期欠場した高山の復帰戦として一度は決まっていたが、小橋の欠場のために流れた形となっていた。1万7000人の超満員の観客の前で、全盛期と変わらぬファイトを披露。ハーフネルソンスープレックス、マシンガンチョップ、豪腕ラリアット、ムーンサルトプレスを炸裂させた。対する三沢、秋山も容赦ない攻めを展開。最後は27分7秒、雪崩式エメラルドフロウジョンで小橋がフォール負け。勝利した三沢のテーマ「スパルタンX」に合わせて観客は大「小橋」コールで祝った。この試合は07年度プロレス大賞のベストバウトに選ばれた。その後は体調に合わせて出場試合を制限していたが、08年8月23日から9月6日のシリーズでは全戦出場した。しかし右肘を痛めてしまい、9月9日に「遅発性尺骨神経麻痺」と「両肘関節遊離体(通称ねずみ)切除」の手術をし、入院。09年3月1日、日本武道館大会で復帰戦。欠場前よりも7、8キロ体重を増加させ、全盛期に近い体での登場となった。第1試合で井上雅央と対戦し、100発以上のチョップを浴びせ、14分7秒、ハーフネルソンスープレックスからのラリアットで勝利。6月8日、京王プラザホテル大会で秋山を特別レフリーにして橋誠のハードコア王座に挑戦。試合開始から10分間はチョップ禁止という不利なルールでの試合となった。うっかり2発出して追いこまれたが、試合開始10分後に逆水平チョップを連発。わずか2分15秒の間に41連続を含む83発を叩きこみ圧倒。最後は12分15秒、ハーフネルソンスープレックスからのラリアットで勝利してGHCハードコア王座を獲得。8月30日、全日本プロレスの両国国技館大会で伊藤菊地と組んで小島KAI大和組と対戦。約9年ぶりの全日本プロレス参戦となった。29分13秒、小島のラリアットに伊藤が敗れた。ハードコア王座は井上(7月21日)、川畑(8月29日)、キース・ウォーカー(10月28日)、相島勇人(11月24日)を相手に順調に防衛を重ねたが12月に王座返上を表明した。12月24日、腰椎捻挫のため、その日の大会を欠場した。右肘の状態を悪化させ、10年1月から肘部管症候群のため長期欠場。1月6日、右尺骨神経剥離術と右膝関節遊離体切除の手術。10月2日、美人演歌歌手のみずき舞と東京・日比谷の帝国ホテルで挙式。記者会見では年内の復帰に意欲を見せた。11年7月24日、大阪府立体育会館大会で復帰戦。潮崎と組んで秋山、齋藤組と対戦し、28分9秒、秋山の変型スターネスダストに小橋が敗れた。8月27日、日本武道館での全日本、新日本、ノアの合同チャリティ興業「ALL TOGETHER」に出場し、武藤敬司と組んで飯塚矢野組と対戦。終盤に武藤がシャイニングウィザードから飯塚にムーンサルトプレス。14分58秒、大声援の中で拳を握りしめ、ムーンサルトプレスを決めてフォール勝ち。この試合でプロレス大賞のベストバウトを受賞した。9月29日付でノアの取締役副社長を退任。12年2月19日、仙台サンプラザホールでの「ALL TOGETHER」第2回大会で武藤と組んで秋山、大森組と対戦。ムーンサルトプレスを放ったが、頭から着地するような不完全な形となった。20分20秒、武藤がムーンサルトプレスで秋山に勝利。この試合で左脛亀裂骨折、右膝内側側副靭帯損傷、右脛骨挫傷の重傷を負い、長期欠場。2月20日から都内の病院に入院。3月5日に退院した。12月4日、東京スポーツが、12月いっぱいで小橋がノアを「解雇」され、秋山、潮崎、鈴木鼓太郎青木、金丸が退団する記事を掲載。12月9日、両国国技館大会でリングに登場してファンにあいさつ。「まず最初に言っておきたいことがあります。一部報道されたノアからの戦力外通知、解雇などということは一切ありません。ですが、実は4年前から首の影響で左足に力が入らなくなってきていました。医師から緊急手術をするか引退するかどちらかを決めてほしいと言われました。今年7月に思いきって首を手術しました。この間、復帰を目指して頑張ってきました。しかし、依然として状態は悪く、ここに来て私自身、完全復活は無理だと判断し・・・。引退することを決意しました。でもプロレスは僕の命です。もう一度、もう一度だけリングに上がって完全燃焼して自分のプロレス人生に区切りをつけたいと思います。これからの人生はプロレスで学んだ不屈の精神、一生懸命頑張っていきたいと思います。本当に皆さん、なにもなかった自分がここまで来れたのは、皆さんの本当に応援があったから。だからがんばれたと思います。皆さんに対して出る言葉は本当に感謝の気持ちしかありません。でも、もう一度、もう一度だけ自分のコンディションを作ってリングに上がります。もう一度だけお願いします。皆さんありがとうございました。自分がこうして引退宣言をする日が来るなんて思わなかったです。小橋建太に世代交代はないと言ってきましたが、自分でこういう日が来るなんて思いませんでした。しかし、時代は動いています。人間必ずこういう時が来ます。しかし人生が終わったわけではありません。これからもう一度がんばってこの充実したプロレス人生に負けない人生を送りたいと思っています。皆さん本当にどうもありがとうございました」と語り、リングを降りた。13年5月11日、ノアの日本武道館大会のメインで引退試合。武藤、佐々木健介、秋山と組んでKENTA、金丸、潮崎、マイバッハ谷口組と対戦。17,000人の超満員の大観衆を前に全力を出し切った真っ向勝負を展開。39分59秒、小橋がムーンサルトプレスで金丸に勝利。14年6月8日、後楽園ホールでプロデュース興行を開催。全6試合の合間に長州力と30分間のトークショーを行った。

第6代GHCヘビー級王座の記録(03.3.1〜05.03.05)

小橋引退


(秋山社長の徒然日記「高知大会」2008年1月11日 (金曜日) より)
今日、高知大会なのでバスで岡山から移動してきた。
高知のホテルに到着したのが午後1時頃なのだが、会場からの連絡で今日特別参戦の小橋さんが既に会場に来て練習をしていると・・・(6時30分試合開始なのに早過ぎるだろ!)
そして僕達のバスが4時頃会場に着いたのだが、リング上で小橋さんはまだ練習していた・・・。試合前に3時間練習なんて・・・やり過ぎだろ!誰か止める人はいないのだろうか!?
止まらないとは思うが・・・
小橋に対する若林アナの名言(週刊プロレス別冊「四天王プロレスFILE」より)
「現住所、全日合宿所!」
「ここでやめたら、誰が君の拳に夢を見るのですか?」
「いつも5年先の稽古をしている!」
「将来有望、現在無謀!」

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