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通称「ワイルドハート」。均整の取れた肉体、精悍なルックスで人気。見た目とは逆におとなしい性格で、普段はメガネをかけて趣味は読書という深みを持つ。城西大学時代はアメリカン・フットボールに打ちこむ。アニマル浜口ジムでトレーニングした後に全日本プロレス入団。 92年10月に浅子戦でデビュー。95年1月、秋山とアジアタッグ王座を獲得。3年間に渡って12回防衛した。96年1月21日、WWFの「ロイヤルランブル」に出場。30人中11番目に登場し、2分48秒に退場。98年に高山と組んで最強タッグ決定リーグ戦に参加。高山と「ノーフィアー」を結成し、一気に実力を開花。99年6月に高山と組んでハヤブサ、人生組を破り、アジアタッグ王座を獲得。7月に世界タッグ王座を獲得。00年、チャンピオンカーニバルの1回戦で秋山と対戦。ゴング前からアックスボンバーを連発し、7秒で勝利した。その後、バートン、ウイリアムスを破り決勝戦に進出したが小橋に敗退した。7月にノアの旗揚げに参加。11月23日、ノアの有明コロシアム大会でZERO-ONEの橋本真也と対戦。アックスボンバー2連発、ドラゴンスープレックスで橋本を追いこんだが、3発目のアックスボンバーはチョップで迎撃され、橋本のハイキックでダウン。最後は6分32秒、橋本の垂直落下式DDTに敗れた。02年6月12日、後楽園ホールでの第1回選手会興行で秋山と対戦。10分、時間切れ引き分けに終わった。この試合を最後に、アメリカ遠征。ノアと提携していた、ハーリー・レイス経営のインディ団体WLWを中心に出場。WLW王座を獲得。遠征時にはウェイド・チズム、ハク、ロン・ハリス、ブル・シュミット、サニー・シアキ、ザ・ドリルインストラクター、トレヴァー・ローデス、スーパースター・スティーブ、ケン・シャムロック、マイケル・モデスト、ドノヴァン・モーガンと対戦。帰国と同時に03年2月にノアを退団し、長州力が設立したWJプロレスに入団。WJプロレスは、ノアの武道館大会と同日に旗揚げ戦を予定していた。以後、大森はノアとは絶縁状態となった。3月1日、横浜アリーナでのWJプロレス旗揚げ戦では、新日本からWJに入団した鈴木健想と対戦。スフィアーでカウント2まで追いこまれたが、12分53秒、最後は決め技のアックスボンバーで勝利した。その後、WJプロレスは低迷し、越中詩郎と共にWJ反選手会同盟である「レイバーユニオン」を結成したが、人気回復には至らなかった。12月24日からZERO−ONEの後楽園ホール3連戦に出場。24日に田中将斗と対戦し、10分58秒、アックス・ギロチンドライバーで勝利。12月25日、越中と組んで小川直也、佐藤耕平組と対戦し、15分2秒、大森のアックスボンバーで佐藤に勝利。12月26日、大谷晋二郎と対戦し、16分46秒、アックスボンバーで勝利。04年1月に越中と共にZERO-ONEに登場。2月19日、ZERO-ONEの後楽園ホール大会で越中と組んで大谷、田中組を破り、NWAインターコンチネンタルタッグ王座を獲得。2月29日、ZERO−ONEの両国国技館大会で武藤敬司と対戦。19分10秒、シャイニングウィザードに敗れた。試合後のバックステージで「非常にすばらしい選手。あれだけでかくてバランスの取れた選手はなかなかいない」、「チャンピオンカーニバルも始まるし、枠を空けておく」と武藤から賞賛のコメント。4月から全日本プロレスのチャンピオンカーニバルに参戦。Bブロック1位でリーグ戦を突破。4月20日、国立代々木第2体育館大会での決勝トーナメント1回戦で武藤と対戦。場外でアックスボンバー、アックス・ギロチンドライバーを決め、エプロンから場外へのアックス・ギロチンドライバーも決めたが、11分9秒、アックスボンバーで突進したところをフランケンシュタイナーに丸めこまれて敗れた。7月18日、全日本プロレス両国国技館大会で三冠王者の川田利明に挑戦。22分36秒、顔面へのローキックで敗れた。7月にZERO−ONEの火祭りに参戦。8月1日、後楽園ホール大会での火祭り公式戦で坂田亘と対戦し、7分17秒、アックスボンバーで勝利して決勝戦に進出。同日の決勝では佐藤耕平と対戦し、22分4秒、ジャーマン・スープレックスに敗れた。10月8日、ZERO−ONEの後楽園ホール大会でUN王者の田中将斗に金網デスマッチで挑戦。16分42秒、アックスボンバーで勝利してUNヘビー級王座を獲得。11月7日、ZERO-ONEに登場。05年1月23日、後楽園ホールでのAWA王座決定戦でスティーブ・コリノと対戦。24分53秒、アックスボンバーで勝利してAWA世界ヘビー級王座を獲得。3月27日、後楽園ホール大会で大谷、コリノを相手に3WAYで防衛戦。6分25秒、大谷がキングコブラホールドでコリノに勝利し、20分13秒、大森がアックスボンバーで大谷に勝利して防衛に成功した。6月10日から12日にかけてAWA王者としてアメリカ遠征し3試合に出場。6月11日、ミシガン州でスティーブ・コリノに敗れて王座転落。6月17日にはZERO−ONE MAXに正式入団した。06年4月1日、アックスボンバーで大谷晋二郎を破り、再びAWA世界ヘビー級王座を獲得した。4月13日にはトム・ハワードに勝利してAWA王座を初防衛。5月19日に後藤達俊を相手に2度目の防衛戦。後藤のゴング前の奇襲攻撃から流血させられたが、9分48秒、アックスボンバーで勝利して防衛に成功した。6月24日、ゼロワンMAXのディファ有明大会で、新日本プロレスの中西学と組んで、NWAインターコンチネンタルタッグ王者の佐藤耕平、崔領二組に挑戦。中西のマッケンローによるアシストを受けた大森がアックスボンバー。この合体技「ワシントン条約」で崔を倒し、王座を獲得。7月17日、月寒ドーム大会で真壁、越中組に勝利してIWGPタッグ王座を獲得。タッグ2冠王になった。8月25日、後楽園ホール大会で大谷、田中組を相手にNWAインターコンチネンタルタッグの防衛戦。豪快なパワーファイトで相手を圧倒し、試合終盤には大谷へのアックスギロチンドライバー、中西の頭突きから大森のニードロップ、大森が連続アックスボンバーで2人をなぎ倒し、中西が一本足ハンマーという豪華リレー。最後は14分53秒、ワシントン条約で勝利して防衛に成功。試合後、大森が「オレら、ワイルドチャイルドだ!」とチーム名を発表。野生児という意味合いらしい。観客からは「えー」という声が上がるが、大森は「ホーフィアーよりよっぽどいいだろう!」と開き直った。11月24日、ゼロワンMAXの後楽園ホール大会で安田忠夫、佐藤耕平組とNWAインターコンチネンタルタッグ王座の防衛戦。16分4秒、ワシントン条約で佐藤に勝利。試合後には「ワイルド!」(大森)「チャイルド!」(観客)のかけ声で締めた。12月10日、愛知県体育館大会で真壁、越中組を相手にIWGPタッグ王座の初防衛戦。凶器攻撃に苦戦したが、合体技のワシントン条約が炸裂。最後は中西がヘラクレスカッターで越中に勝利。大森が「新日本の中で一番頼もしい選手」と称えれば、中西も「普段は紳士だけど、リングでは野獣に変わる」と応えた。07年3月8日、ゼロワンMAXの後楽園ホール大会で、高山、佐藤耕平組とNWAインターコンチネンタルタッグ王座の防衛戦。19分23秒、佐藤のジャーマンスープレックスホールドに大森がフォールを奪われ王座陥落。3月11日、新日本プロレスの愛知県体育館大会でジャイアント・バーナード、トラヴィス・トムコ組とIWGPタッグ王座の防衛戦。16分40秒、合体パワーボムで中西がフォールを奪われ王座陥落。ワイルドチャイルドは無冠となった。3月31日、AWA王者のスティーブ・コリノに挑戦。右腕を痛めつけられたが、豪快なダイビング・ニードロップで反撃。19分38秒、アックスボンバーで勝利してAWA世界ヘビー級王座を獲得した。5月2日に大谷を相手に防衛戦。2分27秒、アックスボンバーで防衛に成功。10月26日、後楽園ホール大会で田中将斗を相手に防衛戦。ドラゴン・スープレックス、カウンターのアックスボンバー、エプロンから場外の机へのアックスギロチンドライバーなど大技を決めたが、14分6秒、スライディングDに敗れて王座転落。08年1月1日、ゼロワンMAXの後楽園ホール大会で中西と久しぶりに組んで崔、佐々木義人組と対戦。大森のキック誤爆をきっかけに険悪なムードとなり、中西が大森をジャーマンスープレックスで投げて、義人がラリアットでフォール勝ちして試合終了。正月早々、ワイルドチャイルドが仲間割れした。試合後には、新日本プロレスとゼロワンのセコンドを含めての大乱闘。中西が「ゼロワン、ひとり残らずぶっ殺してやる!」と挑発すれば、大森も「いつでもやってやる。新日本まとめてかかってこい」と返した。3月2日、ゼロワンMAXの後楽園ホール大会で中西とシングルで対戦。17分50秒、アックスボンバーで勝利した。3月29日、ゼロワンMAXの札幌テイセンホール大会で中西と再戦。12分51秒、ジャーマンスープレックスに敗れた。6月22日、新日本プロレスの岐阜産業会館大会で中西と対戦。15分12秒、ヘラクレスカッターに敗れた。7月から「火祭り」に出場。7月29日の第1戦では関本大介と対戦し、30分時間切れ引き分け。7月30日の第2戦では崔領二と対戦し、13分27秒、那智の滝にフォール負け。7月31日の第3戦では中西と対戦。場外でのアルゼンチン・バックブリーカーから鉄扉へたたきつけられ、右腕に12針を縫う裂傷を負ったが、17分24秒、アックスボンバー3連発で勝利。中西戦の連敗を止めた。8月2日に田中将斗と対戦し、19分5秒、アックスボンバーで勝利。1年以上フォール負けのない相手に勝利した。8月3日、後楽園ホール大会で同点で並んだ中西、田中と決勝進出をかけて3WAYマッチで対戦。7分24秒、中西のパワーボムをくらった後、田中のスライディングDを後頭部にくらって敗れた。8月26日、記者会見でZERO1−MAX退団、さらに一時休業を表明。8月30日、後楽園ホールでの新日本プロレス「PREMIUM」で蝶野正洋と対戦。アックスギロチンドライバーを炸裂させ、場外でアックスボンバーを放ち、蝶野をノックアウト。場外10カウントルールだったが、レフリーのカウントが不自然に止まってしまった。結局、30分時間切れの引き分けに終わった。この試合を最後に一時休業。09年3月15日、新日本プロレスの後楽園ホール大会に来場し、リング上で中西と握手。4月5日、新日本プロレスの両国国技館大会で中西学と組んでジャイアント・バーナード、カール・アンダーソン組と復帰戦。ワシントン条約を決めたが、最後は15分50秒、アンダーソンのガン・スタンに大森がフォール負け。4月11日から新日本プロレスのシリーズに参戦。4月12日、ロックアップの後楽園ホール大会で藤原と組んで長州、藤波組と対戦。9分39秒、長州のサソリ固めに藤原が敗れた。4月22日、大阪府立体育会館・第二競技場大会でIWGP王者の棚橋とノンタイトルマッチで対戦。16分27秒、ハイフライフローに敗れた。5月3日、福岡国際センター大会で中西と組んで長州、蝶野組と対戦。12分7秒、中西のアルゼンチンバックブリーカーで長州に勝利。09年5月6日、後楽園ホール大会で後藤洋央紀と対戦。11分33秒、昇龍結界に敗れた。5月14日、ドラディションの新宿FACE大会で吉江豊と対戦。15分51秒、両者リングアウトに終わった。7月5日、後楽園ホール大会で中西と組んでバーナード、アンダーソン組と対戦。7分3秒、中西が大☆中西ジャーマンでアンダーソンにフォール勝ち。7月31日、ベイダータイムの新木場1stRING大会でアーロン・ニールと組んでマイク・フェース、長井満也組と対戦。13分43秒、ニールのデスバレーボムで長井にフォール勝ち。8月2日、ベイダータイムの新木場1stRING大会でニールと組んでランス・ケイド、トレバー・マードック組と対戦。12分49秒、ケイドのカウボーイ・ドライバーにニールがフォール負け。8月から新日本プロレスのG1に出場。8月7日、広島サンプラザ大会でIWGP王者の棚橋と対戦。18分20秒、アックスボンバーで勝利して番狂わせを演じた。8月8日、大阪府立体育会館大会で真壁と対戦。14分40秒、アックスボンバーで勝利。8月9日、大阪府立体育会館大会で田中将斗と対戦。13分8秒、スライディングDに敗れた。8月10日、横浜文化体育館大会でジャイアント・バーナードと対戦。10分11秒、バーナードライバーに敗れた。8月11日、後楽園ホール大会で矢野通と対戦。9分11秒、裏霞に敗れた。8月15日、両国国技館大会でTAJIRIと対戦。1分5秒、グリーンミストで反則勝ち。3勝3敗でリーグ戦を敗退。復帰後しばらくは不調が続いていたが、この大会で復調の兆しを見せた。10月12日、新日本プロレスの両国国技館大会でカール・アンダーソンと対戦し、6分31秒、アックスボンバーで勝利。10年1月20日、新日本プロレス事務所で会見を行い、活動拠点を石川県金沢市に移すことを発表。夫人がおかみとして働いている旅館「金沢の宿 由屋るる犀々」で自らも働きながらプロレスを続けると発表した。4月17日、新日本プロレスの石川県産業展示館3号館大会で久しぶりに出場し、中西、スーパー・ストロング・マシンと組んでバーナード、アンダーソン、キング・ファレ組と対戦。14分54秒、中西がアルゼンチンバックブリーカーでファレに勝利。
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