ダークロHP



本名:曙太郎(旧名はチャド・ジョージ・ハヘオ・ローウェン。チャド・ローウェン・ジョージ・ハヘオと記載される資料あり)
1969年5月8日
ハワイ州オアフ島出身
203cm 233kg
タイトル歴:世界ヘビー(ZERO1版) NWAプレミアムヘビー 世界タッグ アジアタッグ NWAインターコンチネンタルタッグ トライアングルゲート 三冠ヘビー
得意技:ボディプレス 横綱プレス ボノボンバー(旋回式サイドバスター) ヨコヅナインパクト(ジャンピングパイルドライバー) ヨコヅナファイナルインパクト(両腕をロックしたヨコヅナインパクト)

高校時代はバスケットボールに熱中。オールスターメンバーにも選ばれる。奨学金制度でハワイ・パシフィック大学に進学。半年で退学。88年3月場所で初土俵。93年3月、横綱昇進。98年の冬に天龍率いるWARへの入団を決めて廃業届を出したが受理されなかった。 01年1月場所の直後に引退を表明。生涯戦績は654勝232敗181休。幕内優勝11回。引退後は部屋付き親方として後進を指導。 03年11月、日本相撲協会を退職。12月31日、ナゴヤドームでの「K−1 PREMIUM Dynamite!!」のメインでボブ・サップと対戦。1R2分58秒、右フックにKO負け。KOされたシーンでの瞬間視聴率が関東地区で43%を計測し、同時期の紅白歌合戦を上回った。 05年4月3日、カリフォルニア州ロサンゼルスで、WWEの「レッスルマニア」に登場。ビッグショーを相手に相撲マッチで対戦。1分3秒、下手投げで勝利した。7月1日、さいたまスーパーアリーナでのWWEの日本公演に登場。着物姿でビッグショーのセコンドにつき、場外でつっぱりを見せるなど勝利をサポート。7月2日の公演2日目では、ビッグショーと組んでカリートマット・モーガン組と対戦。8分40秒、曙のバンザイアタックでモーガンにフォール勝ち。8月21日、後楽園ホール大会で全日本プロレスに初登場。諏訪間と組んで雷陣組と対戦し、13分9秒、曙がM64で雷陣にフォール勝ち。11月19日、全日本プロレスの代々木第2体育館大会でジャイアント・バーナードと対戦。7分37秒、64で勝利。11月20日から始まった全日本プロレスの世界最強タッグ決定リーグ戦に武藤と組んで参戦。準優勝に終わった。05年度のプロレス大賞で新人賞を受賞。武藤と共に最優秀タッグチーム賞も受賞した。 06年1月22日、ノアの武道館大会に登場し、大相撲で同期の力皇猛と組んで小橋泉田組と対戦。17分12秒、脅威の合体ボディプレス「リキボノスプラッシュ63」で泉田にフォール勝ち。3月19日、新日本プロレスの両国国技館大会でIWGP王者のブロック・レスナーに挑戦。10分35秒、DDTに敗れた。7月17日、新日本プロレスの月寒グリーンドーム大会でIWGP王座決定トーナメントに参戦。1回戦で天山広吉と対戦し、6分55秒、ランニング・ボディプレスで勝利。2回戦でジャイアント・バーナードと対戦し、4分46秒、横入り式エビ固めにフォール負け。7月30日の試合を最後にK−1から撤退。通算戦績は1勝8敗に終わった。 07年8月5日から始まったG1クライマックスに参戦。開幕戦の大阪府立体育会館大会で永田裕志と対戦。6分32秒、アンクルホールドに敗れた。8月6日、ツインメッセ静岡大会で真壁刀義と対戦。7分48秒、バンザイドロップで勝利。8月8日、横浜文化体育館大会で蝶野正洋と対戦。7分45秒、後頭部へのシャイニングケンカキックからのSTFに敗れた。8月10日、愛知県体育館大会でジャイアント・バーナードと対戦。9分57秒、場外で机の上に寝かされてダイビングボディプレスをくらい、そのまま両者リングアウト。8月11日、両国国技館大会で天山と対戦。9分18秒、雪崩式ジャパニーズドロップで勝利。リーグ戦は2勝2敗1引き分けに終わった。8月18日からインリン様の卵から産まれたボノちゃんとしてハッスルに登場。その後、09年7月26日までボノくん、グレート・ボノと成長ストーリーを続けた。10月18日から始まったG1タッグリーグに蝶野と組んで参戦。3勝4敗でリーグ戦を終えた。 09年3月29日、靖国神社大会で佐藤耕平と対戦。6分45秒、バックフリップで勝利。5月5日、ドラゴンゲートの愛知県体育館大会で土井成樹のオープン・ザ・ドリームゲートに挑戦。14分24秒、バカタレ・スライディングキックの連発をくらってフォール負け。7月25日から始まったZERO1のシングルリーグ戦「火祭り」に参戦。開幕戦の後楽園ホール大会で大谷と対戦。14分24秒、トップロープからのミサイルキックをくらってフォール負け。7月31日、港区芝新堀町児童遊園大会で植田使徒と対戦。3分16秒、ボディプレスで勝利。8月2日、ZERO1&ニックススポーツクラブ共同駐車場特設リング大会で日高郁人と対戦。7分29秒、両者リングアウトの引き分け。8月4日、松下IMPホール大会で佐藤耕平と対戦。6分55秒、ジャパニーズドロップで勝利。8月8日、後楽園ホール大会で大谷、佐藤、日高を相手に決勝進出をかけて4WAYマッチで対戦。9分58秒、佐藤がドラゴンスープレックスで大谷に勝利。決勝進出を逃した。9月23日、全日本プロレスの後楽園ホール大会で浜亮太と組んで鈴木みのるNOSAWA論外組のアジアタッグ王座に挑戦。20分45秒、曙がセカンドロープからのボディプレスで論外にフォール勝ちしてアジアタッグ王座を獲得。10月14日、ドラゴンゲートで望月フジイと組んでトライアングルゲートを獲得。10月24日、博多スターレーン大会でTARUドーリング組を相手にタッグ王座の防衛戦。16分35秒、曙のボディプレスでTARUに勝利。11月20日からの最強タッグ決定リーグ戦では浜と組んで参戦。4勝4敗の勝ち点8でリーグ戦敗退。12月9日から始まったZERO1のタッグリーグ戦「風林火山」に大谷と組んで出場。12月17日、浜とのコンビ名を「SMOP(スーパー・メガトン・大相撲・パワーズ)」にすると発表した。09年度プロレス大賞の最優秀タッグ賞を受賞。12月19日、最終戦のZepp Nagoya大会で金村、コリノ組と対戦。13分31秒、大噴火(大谷のミサイルキックからの曙のランニング・ボディプレス)を決めてコリノに勝利。3勝1敗でリーグ戦を突破。同日の優勝決定戦で田中将斗、望月組と対戦。17分34秒、大谷がスパイラルボムで田中に勝利。タッグリーグ戦に優勝した。 10年1月11日、浜北総合体育館大会でKAIゾディアック組を相手にタッグ王座の防衛戦。12分22秒、浜がリョウタハマーでゾディアックに勝利して防衛に成功。1月27日、ZERO1の新宿FACE大会で大谷と組んで日高、組のタッグ王座に挑戦。22分18秒、大谷がスパイラルボムで日高に勝利してNWAインターコンチネンタルタッグ王座を獲得。3月2日、ZERO1の後楽園ホール大会でプレデターバンビ・キラー組を相手にインタータッグ王座の防衛戦。15分、大谷がバックドロップ3連発でプレデターに勝利。3月7日、全日本プロレスの後楽園ホール大会で西村小島組を相手にアジアタッグ王座の防衛戦。20分8秒、浜のリョウタハマーからの曙のボディプレスで西村にフォール勝ち。4月1日、ZERO1の東金アリーナ大会で金村、田中将斗組を相手にインタータッグ王座の防衛戦。20分11秒、大噴火で金村に勝利。4月14日、ZERO1のサッポロファクトリーホール大会でスティーブ・コリノ、ハートリー・ジャクソン組を相手にインタータッグ王座の防衛戦。17分59秒、大噴火でコリノに勝利。4月29日、全日本プロレスの後楽園ホール大会でTARU、ビッグ・ダディ・ブードゥ組を相手にアジアタッグ王座の防衛戦。12分、ビッグ・ダディのコーナー2段目からのボディプレスに曙がフォール負けしてアジアタッグ王座から転落。試合後に浜と仲間割れ。ブードゥ・マーダーズに暴行を受けていたところを太陽ケアに救出された。5月に鈴木みのる、船木、ケアとチームを結成。6月10日、ZERO1の新宿FACE大会で日高、FUNAKI組を相手にインタータッグ王座の防衛戦。11分15秒、曙が日高の丸め込みを切り返してのエビ固めでフォール勝ち。6月20日、全日本プロレスの後楽園ホール大会で浜と対戦。6分43秒、初公開のトップロープからのダイビング・ボディプレスで勝利。7月2日、全日本プロレスの後楽園ホール大会で諏訪魔と対戦。7分27秒、アンクルホールドにギブアップ負け。8月15日、全日本プロレスの後楽園ホール大会でビッグ・ダディ・ブードゥーと対戦。5分1秒、ダイビングボディプレスで勝利。7月4日、全日本プロレスの大阪府立体育会館大会で太陽ケアと組んで諏訪魔、浜組を相手に世界タッグ王座の決定戦。20分36秒、曙がトップロープからのダイビングボディプレスで浜に勝利。世界タッグ王座を獲得した。9月20日、全日本プロレスの後楽園ホール大会でKENSOレネ組を相手にタッグ王座の防衛戦。16分43秒、合体技のボルケーノスプラッシュで曙がレネにフォール勝ち。10月24日、全日本プロレスの横浜文化体育館大会でビッグ・ダディ・ブードゥー、チャーリー・ハース組を相手にタッグ王座の防衛戦。14分32秒、曙がトップロープからのダイビングボディプレスでビッグ・ダディにフォール勝ち。10月30日、ドラゴンゲートUSAのニュージャージー州ラーウェイでのラーウェイ・レックセンター大会でブロディ・リーと対戦。2分49秒、ビッグブーツをくらってフォール負け。11月6日、全日本プロレスの台北・国立台湾大学総合体育館大会で浜と対戦。4分16秒、ランニングボディプレスで勝利。11月17日、ZERO1のタッグリーグ戦「風林火山」を前にして、大谷と保持していたNWAインターコンチネンタルタッグ王座を返上。11月、全日本プロレスの世界最強タッグ決定リーグ戦に太陽ケアと組んで参戦したが、リーグ戦敗退。12月11日から「風林火山」に大谷と組んで参戦。12月21日、Zepp Nagoya大会での公式戦最終戦で佐藤、KAMIKAZE組と対戦し、16分、佐藤のジャーマンスープレックスに大谷が敗れ、3勝1敗でリーグ戦に敗退した。 11年1月3日、後楽園ホール大会でKENSO、KONO組を相手にタッグ王座の防衛戦。13分20秒、曙がトップロープからのダイビングボディプレスでKENSOに勝利。2月4日、後楽園ホールでの安田忠夫の引退興行に参戦し、第1試合で安田と対戦。7分52秒、ボディプレスで勝利。2月6日、後楽園ホール大会でKONO、ドーリング組を相手に防衛戦。18分42秒、KONOの三角絞めにケアがレフリーストップ負けとなり、王座転落。2月13日、恵那市民会館大会で三冠王座挑戦権を賭けてKENSO、KONOと3WAYマッチで対戦。7分42秒、KENSOの葉隠れをくらって曙がフォール負け。2月18日、全日本プロレスから曙の無期限欠場が発表された。5月に復帰し、全日本プロレスの東北シリーズに参戦。5月11日、弘前市河西体育センター大会でレネ・デュプリと対戦。3分41秒、ボディプレスで勝利。5月15日、後楽園ホール大会で浜、BUSHIと組んで大森、ケア組と対戦。10分42秒、曙がボディプレスで渕に勝利。試合後に浜と握手し、SMOPの再結成を表明した。6月12日、後楽園ホール大会で、浜と組んで世界タッグ王座決定戦進出を賭けて大森、ケア組と対戦。14分21秒、曙がボディプレスでケアに勝利。6月19日、両国国技館大会で浜と組んでムタ、KENSO組を相手に世界タッグ王座決定戦。試合中に装着したゴーグルのおかげでムタの毒霧をそれぞれ完全に防いだが、浜がゴーグルをKENSOに外されてムタの毒霧をくらってしまい、最後は8分54秒、ムタのシャイニングウィザードに浜がフォール負け。7月からZERO1の火祭りに参戦。7月28日、つくばカピオ大会での初戦で大谷と対戦。19分31秒、ボディプレスで勝利。7月29日、赤土公園大会で柿沼謙太と対戦。6分12秒、張り手、ラリアットからのボディプレスで勝利。8月3日、万代シティ大会でゼウスと対戦。5分52秒、大肉弾プレスで勝利。8月7日、後楽園ホール大会で決勝進出を賭けて佐藤耕平と対戦。6分48秒、後頭部へのキックに敗れた。11月9日、ZERO1の後楽園ホール大会で大谷と組んで田中、ゼウス組のNWAインターコンチネンタルタッグ王座に挑戦。20分18秒、田中のスライディングDに大谷が敗れた。11月10日、後楽園ホールでの天龍のデビュー35周年記念興行でと対戦。6分48秒、ボディプレス3連発で勝利。11月6日、国立台湾大学総合体育館大会でビッグ・ダディと対戦。3分28秒、ランニングボディプレスで勝利。11月19日から始まった世界最強タッグ決定リーグ戦に浜と組んで出場。リーグ戦は最終日前日まで参加10チーム中、SMOPを含む5チームが10点で同点1位に並ぶ大混戦となった。12月4日、最終日の横浜文化体育館大会で船木、河野組と対戦。11分38秒、船木の右ハイキックをくらって浜がフォール負け。リーグ戦に惜しくも敗退した。12月8日からZERO1のタッグリーグ戦「風林火山」に橋本大地と組んで参戦。2勝2敗でリーグ戦敗退。 12年1月3日、後楽園ホール大会で浜と組んで関本岡林組のアジアタッグ王座に挑戦。14分22秒、岡林のラリアット3連発をくらって浜が敗れた。2月11日、松下IMPホール大会で浜と組んで関本、岡林組のアジアタッグ王座に挑戦。11分18秒、関本のジャーマンスープレックスホールドをくらって曙がフォール負け。3月2日、ZERO1の後楽園ホール大会でKAMIKAZEの世界ヘビー級王座に挑戦。10分12秒、大横綱プレス(ダイビングボディプレス)で勝利して世界ヘビー級王座を獲得した。4月21日から全日本プロレスのチャンピオンカーニバルに参戦。開幕戦の後楽園ホール大会で太陽ケアと対戦。7分7秒、TKOに敗れた。4月23日、イコス上尾大会で岡林と対戦。5分50秒、ランニングボディプレスで勝利。4月28日、米子ビッグシップ大会のメインで真田聖也と対戦。9分31秒、ボノボンバー(旋回式サイドバスター)で勝利。5月2日、ハイブ長岡大会で征矢学と対戦。8分41秒、64ドロップで勝利。この結果、5勝(2不戦勝)1敗でリーグ戦を1位で突破。5月7日、後楽園ホール大会での準決勝で諏訪魔と対戦。8分18秒、バックドロップに敗れた。5月12日、メキシコに遠征し、アレナメヒコでの「ドラゴマニア」でブラソ・デ・プラタと組んでレイ・ブカネロ、ロコ・マックス、アルカンヘル・デ・ラ・ムエルテ組と対戦。7分7秒、プラタのボディプレスから曙がボディプレスを決めて、ブカネロとアルカンヘルを同時にフォールして勝利。5月16日、ZERO1の後楽園ホール大会のメインでNWAプレミアムヘビー級王者の関本とダブルタイトルマッチ。8分3秒、横綱プレスで勝利して2冠王になった。試合後に菅原拓也藤田峰雄とヒールユニット「ZERO64」を結成。5月20日、アクロス福岡大会で浜と対戦。5分21秒、ランニングボディプレスで勝利。6月14日、ZERO1の後楽園ホール大会のメインで田中将斗を相手に防衛戦。15分16秒、横綱プレス(ダイビングボディプレス)で勝利。6月29日、茂原市市民体育館大会で浜と対戦。6分31秒、ジャンピングボディプレスで勝利。7月1日、両国国技館での新日本プロレスと全日本プロレスの創立40周年記念大会で浜と組んで関本、岡林組のアジアタッグ王座に挑戦。12分35秒、浜がリョウタハマーで岡林に勝利。アジアタッグ王座を獲得した。7月8日、ZERO1の後楽園ホール大会で菅原、藤田と組んで大仁田保坂、矢口組とスクランブルバンクハウス・ストリートファイトデスマッチで対戦。17分42秒、大仁田のサンダーファイヤーパワーボムに藤田が敗れた。8月26日、ZERO1の横浜文化体育館大会のメインで大仁田厚を相手にノーロープ有刺鉄線バリケードマットダブルヘル・メガトン電流爆破デスマッチで対戦。毒霧噴射、有刺鉄線バット攻撃などをくらい、4度の電流爆破をくらったが、ボディプレスでフォール勝ち。試合後、火炎攻撃を顔面にくらった。8月30日、急性肺炎のため入院。以後、長期欠場。9月4日、アジアタッグ王座を返上した。9月7日に退院。9月11日、世界ヘビー級王座とNWAプレミアムヘビー級王座を返上した。10月16日、ZERO1の後楽園ホール大会で大仁田の試合後に登場。「電流爆破の再戦、受けんかい!」の呼びかけに「どこでもやってやるよ!」と返答し、大仁田との再戦が決定した。11月6日、ZERO1の後楽園ホール大会で大仁田を相手にランバージャックデスマッチで復帰戦。曙が味方のセコンドを帰らせたため、場外戦では1対5のような形となり、リングに戻って有刺鉄線バットで殴られ、赤の毒霧を顔面に噴射され、最後は10分、有刺鉄線バット上へのDDTをくらってフォール負け。11月7日、後楽園ホールでのウルティモ・ドラゴン主催の「ルチャ・フェスタ」に出場。マスクマンのブラソ・デ・ボノに変身し、ミラニートコレクションa.t.、ブラソ・デ・プラタと組んでNOSAWA論外、MAZADA、ベアー福田組と対戦。開始3分すぎに、覆面を自ら脱ぎ捨てたが、11分50秒、ブラソ・デ・ボノが3人まとめてのボディプレスを決め、さらにプラタがダイビングボディプレスで3人同時にフォール勝ち。11月17日から全日本プロレスの世界最強タッグ決定リーグ戦に浜と組んで参戦。2勝2敗に終わった。12月9日、ノアの両国国技館大会でケア、ハヤシと組んで秋山小川良成青木組と対戦。15分50秒、曙が無双で青木に勝利。12月13日、ZERO1のZepp Nagoya大会で菅原と組んでタッグトーナメント「風林火山」に出場。1回戦で大仁田、田中将斗組と対戦。10分1秒、大仁田のサンダーファイヤー・パワーボムに菅原が敗れた。 13年1月3日、後楽園ホール大会でジョー・ドーリングを相手に三冠王座挑戦者決定戦。5分2秒、ランニングボディプレスで勝利。1月26日、大田区総合体育館大会のメインで船木の三冠王座に挑戦。11分54秒、顔面蹴りをくらってフォール負け。2月8日、ZERO1の大阪府立体育会館大会のメインで大仁田を相手に電流爆破マッチで対戦。10分21秒、有刺鉄線電流爆破バットで殴られてフォール負け。3月20日、沖縄県総合運動公園体育館大会で河野と対戦。7分15秒、ジャンピングボディプレスで勝利。4月18日から始まったチャンピオンカーニバルに出場。4月20日、館林市民体育館大会でKAIと対戦。8分44秒、横入り式エビ固めにフォール負け。4月21日、三条市厚生福祉会館大会で船木と対戦。6分20秒、ジャンピングボディプレスで勝利。4月24日、茅野市民館大会でジョー・ドーリングと対戦。4分13秒、デスバレーボムに敗れた。4月25日、名古屋国際会議場大会で秋山と対戦。5分47秒、無双で勝利。4月27日、松下IMPホール大会でKENSOと対戦。9分30秒、リングアウト負け。リーグ戦は2勝3敗に終わった。5月26日、神戸サンボーホール大会で河野と対戦。3分7秒、ジャンピングボディプレスで勝利。6月11日、ZERO1の後楽園ホール大会で関本と組んでライディーン、マイバッハβ組を相手にNWAインターコンチネンタルタッグ王座の防衛戦。18分17秒、関本がジャーマンスープレックスでマイバッハに勝利。6月16日、ニューサンピア高崎大会で浜と対戦。5分40秒、ランニングボディプレスで勝利。6月23日、札幌テイセンホール大会のメインで浜と組んで秋山、潮崎組の世界タッグ王座に挑戦。18分57秒、潮崎のラリアットに浜が敗れた。6月30日の大会を最後に武藤派が全日本プロレスを離脱し、全日本プロレスが分裂した。分裂後も全日本プロレスに残留。7月28日、後楽園ホール大会でジョー・ドーリングと対戦。6分30秒、ランニングボディプレスで勝利。9月11日、王道トーナメントに参戦し、後楽園ホール大会のメインで行われた1回戦で秋山と対戦。11分45秒、ジャンピングパイルドライバーで勝利。9月16日、岡山県卸センター・オレンジホール大会での王道トーナメント2回戦でロウ・キーと対戦。7分3秒、アバランシュホールドで勝利。9月19日、豊橋市総合体育館大会での王道トーナメント準決勝でバンビ・キラーと対戦。6分13秒、ヨコヅナインパクト(ジャンピングパイルドライバー)で勝利。9月23日、名古屋国際会議場大会のメインで行われた王道トーナメント決勝戦で潮崎と対戦。17分40秒、ヨコヅナインパクトで勝利。トーナメントに優勝した。10月27日、両国国技館大会のメインで諏訪魔の三冠王座に挑戦。19分30秒、ヨコヅナインパクトで勝利。三冠王座を獲得した。11月24日、長野ビッグハット大会のメインでジョー・ドーリングを相手に防衛戦。5分16秒、両者リングアウト。延長戦が行われ、2分14秒、ヨコヅナインパクトで勝利。11月30日から始まった世界最強タッグ決定リーグ戦に世界ジュニア王者の金丸義信と組んで参戦。リーグ戦を4勝3敗で終えた。12月8日、大阪府立体育会館第2競技場大会で吉江豊と対戦。8分22秒、ランニングボディプレス3連発で勝利。関本が右膝の怪我のためZERO1の元旦興行を欠場したため、NWAインターコンチネンタルタッグ王座を返上した。 14年1月3日、後楽園ホール大会のメインで大森を相手に防衛戦。14分27秒、ヨコヅナインパクトで勝利。2月11日、大和スポーツセンター大会で吉江と組んで潮崎、宮原組を相手に世界タッグ王座挑戦者決定戦。17分44秒、吉江がダイビングボディプレスで宮原に勝利。2月16日、アクロス福岡大会で吉江と組んで諏訪魔、ドーリング組の世界タッグ王座に挑戦。19分35秒、ドーリングのデスバレーボムに吉江が敗れた。2月23日、沖縄コンベンションセンター大会のメインで潮崎を相手に防衛戦。15分25秒、ヨコヅナインパクトで勝利。3月18日、後楽園ホール大会のメインで宮原を相手に防衛戦。9分24秒、ヨコヅナインパクトで勝利。その後、肺炎のため入院。3月22日から30日の5大会を欠場。4月9日に退院。肺炎が完治していなかったが、4月13日から始まったチャンピオンカーニバルに参戦。4月14日、仙台サンフェスタ大会のメインで宮原と対戦。9分19秒、ヨコヅナインパクトで勝利。4月15日、河西体育センター大会のメインでケンドー・カシンと対戦。5分25秒、ランニングボディプレスで勝利。4月19日、秋田テルサ大会で西村と対戦。8分18秒、ランニングボディプレスで勝利。体調が悪化したため、都内の病院に緊急入院。その後のリーグ戦を欠場した。1度は退院したが、検査で不整脈が判明し、再入院。5月30日、3冠王座を返上した。7月1日、年初から始まった給料の遅配をきっかけに、運営会社「全日本プロレスリングシステムズ株式会社」から所属全選手とスタッフが離脱。秋山を中心に新会社「オールジャパン・プロレスリング株式会社」を設立。取締役に就任した。8月16日、後楽園ホール大会で復帰。8月30日、愛知県体育館大会のメインでジョー・ドーリングの3冠王座に挑戦。11分11秒、パイルドライバーに敗れた。9月、王道トーナメントに参戦。9月18日 、豊橋市総合体育館サブアリーナ大会での1回戦で吉江と対戦。7分26秒、ヨコヅナインパクトで勝利。9月21日、海峡メッセ下関大会での2回戦で鈴木鼓太郎と対戦。 10分49秒、ヨコヅナインパクトで勝利。9月22日、長崎NCC&スタジオ大会での準決勝で諏訪魔と対戦。8分24秒、万力スリーパーにレフリーストップ負け。10月22日、後楽園ホール大会のメインで吉江と組んで秋山、大森組の世界タッグ王座に挑戦。19分40秒、大森のスライディングアックスボンバーに吉江が敗れた。11月16日から始まった世界最強タッグ決定リーグ戦に吉江と組んで参戦。11月23日、長野NBSホール大会で宮原と対戦。11分39秒、ヨコヅナインパクトで勝利。タッグリーグ戦は4勝3敗に終わった。12月19日、ZERO1の茨城県立スポーツセンター体育館大会での風林火山タッグトーナメント2回戦で小幡優作と組んで日高、ハヤト組と対戦。13分20秒、小幡がダイビングダブルニードロップで日高に勝利。12月24日、後楽園ホール大会での風林火山タッグトーナメント準決勝で大谷、横山組と対戦。9分11秒、横山のスパイラル式デスバレーボムに小幡が敗れた。12月25日、フリーダムズの後楽園ホール大会でマンモス佐々木とハードコアルールで対戦。15分47秒、ヨコヅナインパクトで勝利。 15年1月1日、ZERO1の後楽園ホール大会での「ZERO1対黒船」の5対5の勝ち抜き戦に出場。3人目の選手として鈴木秀樹と対戦し、4分1秒、ヨコヅナインパクトで勝利。次戦で田中将斗と対戦し、3分49秒、スライディングDに敗れた。勝ち抜き戦はZERO1に敗れた。1月11日、名古屋市中村スポーツセンター大会でThe Bodyguardと対戦。8分4秒、ヨコヅナインパクトで勝利。2月17日、中村スポーツセンター大会でSUSHIと組んで長井、南野組のアジアタッグ王座に挑戦。相手のセコンドのKENSOに介入されて、12分36秒、南野の急所打ちからの首固めにSUSHIがフォール負け。3月16日、新潟市体育館大会で秋山と対戦。10分49秒、ネックアンドアームブリッジに敗れた。3月20日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会のメインで初代タイガーマスクと対戦。10分50秒、ボディプレスで勝利。3月22日、博多スターレーン大会のメインで吉江と組んで秋山、大森組の世界タッグ王座に挑戦。24分19秒、曙がヨコヅナインパクトで秋山に勝利。世界タッグ王座を獲得した。4月5日から始まったチャンピオンカーニバルに参戦。開幕戦の沖縄コンベンションセンター大会でゼウスと対戦。6分58秒、ヨコヅナインパクトで勝利。4月10日、後楽園ホール大会で宮原と対戦。パワーで圧倒したが、ラリアットが鉄柱に自爆したのをきっかけに右腕を集中攻撃され、10分34秒、スネークリミット(三角絞めからの腕ひしぎ逆十字固め)に敗れた。4月12日、山形ビッグウイング大会のメインで秋山と対戦。10分7秒、ヨコヅナインパクトで勝利。4月19日、名古屋国際会議場大会でKENSOと対戦。11分20秒、ヨコヅナインパクトで勝利。4月25日、後楽園ホール大会でドーリングと対戦。4分13秒、ヨコヅナインパクトで勝利。リーグ戦を4勝1敗で突破。同日の優勝決定戦で諏訪魔と対戦。16分25秒、ヨコヅナインパクトで勝利。チャンピオンカーニバルに初優勝した。5月6日、後楽園ホール大会のメインで潮崎、宮原組を相手にタッグ王座の防衛戦。23分、宮原のブレイクハートからのパッケージジャーマンスープレックスに吉江が敗れて王座転落。5月21日、後楽園ホール大会のメインで潮崎の三冠王座に挑戦。21分29秒、河津落とし、ヨコヅナインパクトからヨコヅナファイナルインパクト(両腕をロックしたヨコヅナインパクト)で勝利。三冠王座を獲得した。6月21日、札幌テイセンホール大会のメインで宮原を相手に防衛戦。16分41秒、ヨコヅナファイナルインパクトで勝利。8月16日、神戸サンボーホール大会のメインでゼウスを相手に防衛戦。17分34秒、ヨコヅナファイナルインパクトで勝利。9月12日、大阪府立体育会館・第2競技場大会での王道トーナメント1回戦でボディガーと対戦。9分33秒、ヨコヅナインパクトで勝利。9月19日、横浜ラジアントホール大会での2回戦で諏訪魔と対戦。16分39秒、チョーク攻撃で反則勝ち。9月26日、後楽園ホール大会での準決勝で石川修司と対戦。6分42秒、ヨコヅナファイナルインパクトで勝利。同日の決勝で秋山と対戦。8分46秒、ランニングニーに敗れた。11月1日、青森県武道館大会のメインで秋山を相手に防衛戦。13分16秒、ランニングニーをくらってフォール負け。三冠王座から転落した。11月2日、全日本プロレスを退団し、フリーに転向。12月4日、永田町のザ・キャピトルホテル東急で会見を開き、自らが社長を務める新会社「王道」の設立を発表した。全日本プロレス退団の理由については「7月に1回、契約を結びまして、もう一回9月に契約を出された。自分的にあんまり(契約内容に)納得できずサインをしなくて、11月1日からまた話が変わった。二転三転する中で、ついていけないなと思い、フリーになった方がいいんじゃないかと思った」と説明。ジャイアント馬場の夫人であった馬場元子から全面支援を約束され、事務所は馬場の自宅(東京・渋谷区)に置かれることになった。12月31日、さいたまスーパーアリーナでの格闘技イベント「RIZIN」でボブ・サップと対戦。1Rに右フックをくらって後頭部から出血。出血のため2R途中で試合終了となり、0対3の判定負けに終わった。 16年1月10日、W−1の後楽園ホール大会に登場。武藤、真田と組んでKAZMA、論外、MAZADA組と対戦。12分48秒、武藤がシャイニングウィザードで論外に勝利。同月、右下腿蜂窩織炎及び右足底皮膚潰瘍のため入院し、長期欠場。3月6日、ZERO1の後楽園ホール大会で復帰。3月21日、DDTの両国国技館大会で男色ディーノと対戦。10分20秒、男色ヨコヅナインパクトからの漢固めで勝利。3月22日から肺炎のため約2週間入院。4月20日、後楽園ホールで王道の旗揚げ戦。メインで太陽ケア、浜と組んで田中将斗、関本、岡林組と対戦。16分28秒、曙がヨコヅナファイナルインパクトで田中に勝利。6月19日、K−DOJOのBlue Field大会のメインで吉野コータローと対戦。6分37秒、ボディスプラッシュで勝利。7月24日、大日本プロレスの両国国技館大会で浜と組んで佐藤耕平、石川修司組のBJWタッグ王座に挑戦。12分37秒、石川のランニングニーに浜が敗れた。8月18日、ZERO1の新木場1stRING大会で将軍岡本と組んで田中将斗、ライディーン組のNWAインターコンチネンタルタッグ王座に挑戦。17分49秒、ライディーンのジュラシックボムに岡本が敗れた。8月25日、東京愚連隊の新宿FACE大会でNOSAWA論外と対戦。7分8秒、アケボノ・スプラッシュで勝利。9月4日から始まった大日本プロレスの最侠タッグリーグに浜と組んで参戦。9月11日、九州プロレスの博多スターレーン大会で阿蘇山と対戦。10分33秒、心技体(アケボノスプラッシュ3連発)で勝利。タッグリーグは3戦全勝でストロングBブロックを1位で通過。10月14日、後楽園ホール大会での準々決勝で関本、岡林組と対戦。12分14秒、関本のラリアットに浜が敗れた。10月26日、後楽園ホールでのAAAの日本公演のメインで丸藤正道レイ・ミステリオと組んでペンタゴン・ジュニア、エル・テハノ・ジュニア、ブライアン・ケイジ組と対戦。12分52秒、ミステリオが曙の上からのファンタスティックフリップ式ボディプレスでケイジに勝利。12月12日、ZERO1の名古屋市北スポーツセンター大会での風林火山タッグトーナメント1回戦で将軍岡本と組んで田中将斗、ライディーン組と対戦。13分3秒、岡本がバックドロップでライディーンに勝利。12月14日、狭山市民交流センター大会での2回戦で木高、塚本組と対戦。13分31秒、曙が大横綱プレスで塚本に勝利。12月18日、新木場1stRING大会での決勝で小幡、KAI組と対戦。16分39秒、小幡の首固めに岡本がフォール負け。12月30日、右足蜂窩織炎のため大日本プロレスの後楽園ホール大会を欠場。その後も欠場。 17年1月26日、ZERO1の高松市シンボルタワー大会で復帰。2月3日、ZERO1の後楽園ホール大会で将軍岡本と組んでTARU、ハートリー・ジャクソン組のタッグ王座に挑戦。6分11秒、岡本が投げっぱなしジャーマンでジャクソンに勝利。NWAインターコンチネンタルタッグ王座を獲得した。3月2日、ZERO1の後楽園ホール大会のメインでKAI、小幡組を相手にタッグ王座の防衛戦。17分36秒、岡本がバックドロップで小幡に勝利。4月12日、右脚蜂窩織炎と感染症の治療のため福岡県内の病院に入院。4月18日、NWAインターコンチネンタルタッグ王座を返上した。
自分が相撲に入る前は若貴、曙関の時代だったんで、やっぱ曙関、すごいインパクト強いですね。当時、曙関はヒールって感じだったですね。自分もそう思ってたっす。絶対この人、根性悪いんだろうなって(笑)。でも、入ってからは縁あってよく稽古場で話しかけてもらえたり、飲みに連れてってもらえたりすごい世話になったっすよね。そうやって接してみると、すごい義理堅い人ですし日本人より日本人らしい一面があってギャップ感じたっす(笑)。(浜亮太のインタビュー 週刊プロレスNO.1445より)
曙太郎、生命の危機乗り越えリハビリ 必ずリングに
(日刊スポーツWEB版 2018年3月9日09:03配信より)
 必ずリングに戻る。大相撲の元横綱でプロレスラーの曙太郎(48=王道)が都内の病院で懸命なリハビリを続けている。昨年4月に急性心不全で入院し、心身不調で生命の危機もあった。ベッドから起き上がることさえできなかったが、昨年10月からリハビリを開始し、10メートル程度なら自力で車いすを動かせるようになった。まだまだ長い道のりだが、再びリングに上がることが曙を支えている。
 倒れてから、まもなく1年がたとうとしている。曙はまだ、都内で入院生活を送っている。
 助けを借りて車いすに座ると、両手を車輪に置き、病室の10メートルの距離を30秒近くかけてゆっくり移動した。すぐに息が上がるが、理学療法士2人とクリスティーン麗子夫人(46)、長男コーディー洋一君(17)、次男カーナー大二君(14)が見守る中、力を振り絞って病室の往復を繰り返した。「リングに上がれないから夜も眠れない。仕事に戻らないと。プロレスに」。引退の2文字はない。以前のようにスラスラとは話せないが、思いを込めてぽつりぽつりと話した。
 胸に痛みが走ったのは、昨年4月12日の朝だった。数日前から調子が悪く、プロレス団体DDTの大牟田大会(福岡)に出場した翌日に北九州市内の病院へ向かった。急性心不全だった。右脚蜂窩(ほうか)織炎と感染症もあってさらに心臓に負担がかかり、心身の不調が続いた。一時は意識不明となり家族が覚悟するまで容体が悪化したが、何とか一命を取り留めた。210キロ前後だった体重は150キロになった。
 体調が安定し、10月からリハビリを開始した。大相撲では横綱まで昇進し、プロレスでは3冠ベルトを巻いた男が、座るどころか、枕から首を上げることさえできなかった。足や手を動かすことから始め、軽いダンベルを使って筋力をつけ、小さなボールを握って握力をつけた。1日1時間。地道な運動を続けた。
 車いすは動かせるようになったが、自力で乗り込むことはできない。少しずつ機能は回復しており「早く家に帰りたい」と言うものの、まだ立つこともできない。来週にも、大型リハビリ器具の置かれている部屋での新たな訓練に入る。
 体の自由は利かないが、当意即妙だった頭の回転は健在。リハビリの主治医へあいさつ代わりに「曙って知ってるか」と尋ね、戸惑っている相手に「日本を照らす光のことだよ」と言ってニヤリと笑った。医師との仲が一気に縮まったという。
 どこまで身体機能が回復するかは分からない。まずは日常生活をこなせるようになることが目標になるが「ベルト取れるように頑張ります」と言った。リハビリの際に着るジャージーの胸に書かれた「曙道」を歩み続ける。

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