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MAZADA

本名:正田和彦
1975年5月23日
福井県三国町出身
172cm 87kg
タイトル歴:UWA世界タッグ IWRGタッグ IWRGトリオ 東京インターコンチネンタルタッグ 東京世界ヘビー CAWセントロアメリカタッグ W−1クルーザー 東京世界タッグ
得意技:正田落とし 垂直落下式正田落とし

藤波辰爾主宰の無我出身。 96年10月5日、無我の大宮スケートセンター大会でダレン・マロニスを相手にデビュー。6分29秒、強引に片エビ固めに押さえこまれてフォール負け。 00年にメキシコ遠征。メキシコでNOSAWAと東京愚連隊を結成。UWA世界タッグ王座、IWRGタッグ王座を獲得。その後、東京愚連隊に竹村も加入し、IWRGトリオ王座を獲得した。 04年にNOSAWAと共に全日本プロレスに登場。9月25日、後楽園ホール大会でカズ・ハヤシの世界ジュニア王座に挑戦。14分58秒、雪崩式WA4に敗れた。10月11日、後楽園ホール大会でNOSAWAと組んで天龍組のアジアタッグ王座に挑戦。19分38秒、渕のバックドロップホールドにNOSAWAがフォール負け。 05年8月21日、後楽園ホール大会でTAKAみちのくの世界ジュニア王座に挑戦。15分16秒、みちのくドライバーに敗れた。 06年3月10日、論外と組んで全日本プロレスの「ジュニア・タッグリーグ戦」で優勝。9月15日、無我のアクロス福岡大会で竹村豪氏と対戦。14分30秒、M−9に敗れた。9月16日、無我の別府杉乃井ホテル大会で西村修と対戦。11分54秒、足4の字固めに敗れた。11月20日、無我の六本木ヴェルファーレ大会で竹村豪氏と3分5Rで対戦。3R2分57秒、ラマヒストラルが崩れた形のエビ固めにフォール負け。12月7日、無我のEBiS303大会で藤波辰爾と対戦。8分20秒、ドラゴンスリーパーに敗れた。 07年1月19日、無我の札幌テイセンホール大会で竹村豪氏と組んでアルカンヘル・デ・ラ・ムエルテ、マイク“スイシーダ”セグラ組のタッグ王座に挑戦。18分50秒、正田が正田落としでセグラに勝利。CAWセントロアメリカタッグ王座を獲得した。1月24日、無我の大船渡市民体育館大会でヒロ斉藤と対戦。7分40秒、ジャーマンスープレックスに敗れた。1月28日、無我の後楽園ホール大会でアルカンヘル、セグラ組を相手にタッグ王座の防衛戦。20分12秒、竹村がM9でアルカンヘルに勝利。2月25日、無我のABCホール大会で竹村と対戦。17分58秒、ラ・マヒストラルを切り返してのエビ固めでフォール勝ち。2月27日、無我の明石市立産業交流センター大会で長井満也と対戦。14分47秒、陸牙に敗れた。3月3日、無我の豊田市柳川瀬公園体育館大会で後藤達俊と対戦。10分46秒、バックドロップに敗れた。3月5日、無我の小倉北体育館大会でグラン浜田と対戦。14分23秒、ウラカンラナにフォール負け。3月8日、無我のアクロス福岡大会でコモ・レオパルド、エステ・ハグアル組を相手にタッグ王座の防衛戦。23分5秒、竹村がM9でハグアルに勝利。 08年4月に論外、竹村、太陽ケア鈴木みのるとGURENTAIを結成。7月13日、無我の新木場1stRING大会でくらしま太郎と対戦。13分47秒、正田落としで勝利。7月27日、ドラゴンゲートの神戸ワールド記念ホール大会で論外と組んで横須賀、斉藤了組のオープン・ザ・ツインゲート統一タッグ王座に挑戦。14分1秒、斉藤のプレミアムブリッジに論外が敗れた。 09年の「ジュニア・タッグリーグ戦」に論外と共に出場したが、優勝を逃した。3月1日、後楽園ホール大会でグレート・ムタと対戦。5分59秒、シャイニングウィザードに敗れた。7月5日、石川県産業展示館3号館大会でカズ・ハヤシの世界ジュニア王座に挑戦。29分19秒、パワープラントに敗れた。 10年4月11日、メキシコのIWRGのナウカルパン大会でドクトル・セレブロのIWRGインターコンチネンタルライト級王座に挑戦したが敗れた。4月11日に鈴木みのる率いるGURENTAIが活動停止。4月15日、新木場1stRINGで東京愚連隊の自主興行を開催。メインで論外、FUJITA、KIKUZAWAを相手に4WAYマッチで対戦。最後は論外と1対1の対戦となったが、21分41秒、ラ・マヒストラルに敗れた。5月30日、試合後にパートナーのNOSAWA論外が全日本プロレス撤退を表明。MAZADAはそのまま全日本プロレスに残留し、TARUが率いるブードゥー・マーダーズに加入。7月4日、大阪府立体育会館大会での敗者チームキャプテン髪切りマッチに敗れて髪を刈るが途中で退場。7月からジュニアヘビー級リーグ戦に参戦。7月25日、開幕戦の後楽園ホール大会でマスクマンとなって登場。BUSHIと対戦し、マスクを剥いで反則負け。試合後にBUSHIに対してマスカラ・コントラ・マスカラを要求した。7月27日、えすぽわーる伊佐沼大会でTAKAみちのくと対戦し、6分18秒、正田落としで勝利。7月31日、メッセウイング・みえ大会でジミー・ヤンと対戦し、10分、ヤンタイムに敗れた。8月1日、砺波体育センター大会で近藤と対戦し、9分15秒、正田落としで勝利。8月4日、徳島市立体育館大会でKAIと対戦し、10分20秒、スプラッシュプランチャに敗れた。その結果、2勝3敗でリーグ戦に敗退した。8月15日、後楽園ホール大会でBUSHIを相手にマスカラ・コントラ・マスカラで対戦。11分44秒、ヘッドシザース式エビ固めに敗れた。試合後にマスクを脱いだが、髪切りマッチで刈ったはずの髪は伸びたまま。9月10日、後楽園ホール大会でBUSHIを相手にマスカラ・コントラ・カベジェラで対戦。13分27秒、フェニックススプラッシュ2連発に敗れた。逃走しようとしたが、中之上、そして突如現れた論外によって阻まれ、リング上で頭を刈られた。10月8日、後楽園ホールでのNOSAWA論外の15周年記念興行でFUJITAと対戦。18分1秒、垂直落下式正田落としで勝利した。10月24日、横浜文化体育館大会でNOSAWA論外と対戦。8分20秒、垂直落下式正田落としで勝利。11月23日、後楽園ホール大会で世界ジュニア王座挑戦権をかけて近藤、KAI、大和、BUSHIを相手にラダーマッチで対戦。試合は稔の勝利となった。 11年4月17日からヘイトと組んでジュニアタッグリーグ戦に出場。1勝5敗の最下位に終わった。5月29日、神戸サンボーホール大会で、スーパー・ヘイトが試合後に体調不良を訴え、嘔吐。意識を失い、救急車で病院に搬送された。急性硬膜下血腫と診断され緊急手術。意識が回復しないまま長期入院を続ける。6月1日、TARUが無期限出場停止を表明。当日の記者会見の場で、試合前の控室でヘイトがTARUに暴行を受けていた事件が発覚した。6月3日、事件当日の控室にTARUと共にいたブードゥー・マーダーズの稔、KONO、MAZADAが無期限出場停止の処分を受け、ブードゥー・マーダーズも解散した。7月9日、久喜市総合体育館大会で復帰。9月、ジュニアヘビー級リーグ戦に参戦。9月14日、重川材木店本社特設リング大会で大和と対戦。12分46秒、クロスアームスープレックスに敗れた。9月17日、館林市民体育館大会で佐藤光留と対戦。9分42秒、左ハイキックに敗れた。9月18日、志賀高原総合会館98大会で金本浩二と対戦。10分37秒、アンクルホールドに敗れた。9月23日、エテルナ高崎大会でジミー・ヤンと対戦。7分27秒、ヤンタイムに敗れた。9月24日、三条市厚生福祉会館大会で近藤と対戦。2分33秒、垂直落下式正田落としで勝利。リーグ戦は1勝4敗に終わった。9月28日、新宿FACEでの東京愚連隊自主興行に出場。鈴木みのると組んで高山、FUJITA組と対戦し、26分5秒、FUJITAのサスケだましセグウェイにMAZADAが敗れた。メイン終了後に論外と和解の握手をして東京愚連隊に復帰。11月22日、傷害の疑いで兵庫県警葺合署にTARUと共に逮捕された。12月13日、神戸区検が2人を暴行罪で略式起訴。同日、神戸簡裁がTARUに罰金30万円、MAZADAに罰金20万円の略式命令。同日にTARUと共に釈放された。 12年5月12日から全日本プロレスに復帰。7月の「JUNIOR HYPER LEAGUE」に出場。7月15日、開幕戦の京都KBSホール大会でアエギュプトゥス・エアリアルと対戦。10分7秒、高角度後方回転エビ固めにフォール負け。7月21日、三条市厚生福祉会館大会で金本と対戦。12分21秒、アンクルホールドに敗れた。7月22日、石川県産業展示館3号館大会でKAIと対戦。8分20秒、スプラッシュプランチャに敗れた。7月25日、鯖江市総合体育館大会で田中稔と対戦。9分27秒、垂直落下式正田落としで勝利。7月28日、四日市オーストラリア記念館大会で佐藤光留と対戦。9分23秒、垂直落下式正田落としで勝利。リーグ戦を2勝3敗で終えた。8月12日、後楽園ホール大会で、以前から盗んでいたSUSHIのマスクの上のタマゴ巻きをかけてSUSHIと対戦。6分8秒、TEKKAMAKI でフォール負け。試合後にタマゴ巻きが入った箱を渡したが、バックステージで本物のタマゴ巻きだったことが発覚。9月23日、横浜文化体育館大会でNOSAWA論外と組んでアジアタッグ王者決定トーナメントに出場。1回戦で金本、田中稔組と対戦。7分6秒、金本のアンクルホールドに論外が敗れた。 13年1月12日、全日本プロレスのアクトシティ浜松大会で金本と対戦。6分14秒、アンクルホールドに敗れた。1月16日、東京愚連隊の新宿FACE大会で論外と組んでCIMA、Gamma組を相手に初代東京世界タッグ王座決定戦。19分4秒、MAZADAが変型オクラホマロールでGammaにフォール勝ち。東京世界タッグ王座を獲得した。1月17日、全日本プロレスの滋賀県立文化産業交流会館大会でジミー・ヤンと対戦。8分10秒、ヤンタイムに敗れた。4月11日、新宿FACEでのNOSAWA論外の自主興行で田中将斗と対戦。14分33秒、スライディングDに敗れた。8月26日、東京愚連隊の新宿FACE大会でHUBと対戦。16分25秒、垂直落下式正田落としで勝利。9月18日、WNCの新宿FACE大会でエル・イホ・デル・パンテーラと対戦。12分2秒、マスクを剥いで反則負け。9月28日、レジェンドプロレスの後楽園ホール大会でウルティモ・ドラゴンと対戦。11分30秒、アサイDDTに敗れた。10月31日、WNCの後楽園ホール大会でエル・イホ・デル・パンテーラとマスカラ・コントラ・カベジェラで対戦。11分28秒、スワントーンボムに敗れた。12月4日、東京愚連隊の後楽園ホール大会でミル・マスカラスドス・カラス組を相手にタッグ王座の防衛戦。14分18秒、マスカラスのダイビングボディアタックに論外が敗れて王座転落。 14年4月7日、東京愚連隊の新宿FACE大会のメインでHUBと組んで望月成晃、佐藤光留組を相手に東京インターコンチネンタルタッグ王座の決定戦。15分39秒、MAZADAが正田落としで佐藤に勝利。タッグ王座を獲得した。7月7日、東京愚連隊の新宿FACE大会でドクトル・ワグナー・ジュニア、論外組、望月、佐藤光留組を相手に3WAYでのタッグ王座の防衛戦。9分35秒、ワグナー・ジュニアのワグナードライバーにMAZADAが敗れて王座転落。試合は望月、佐藤組が勝利した。10月23日、東京愚連隊の新木場1stRING大会でエル・イホ・デル・パンテーラと対戦。11分39秒、垂直落下式正田落としで勝利。11月15日から始まったW−1の初代タッグ王者決定リーグ戦に論外と組んで参戦。4戦全敗に終わった。12月11日、東京愚連隊の後楽園ホール大会でFUJITAの東京世界ヘビー級王座に挑戦。17分2秒、正田落としで勝利。東京世界ヘビー級王座を獲得した。 15年5月23日、W−1の新宿FACE大会で論外と組んで近藤、ハヤシ組のW−1タッグ王座に挑戦。21分38秒、近藤のラリアットに論外が敗れた。7月15日、東京愚連隊の新宿FACE大会のメインでNOSAWA論外を相手に防衛戦。15分57秒、垂直落下式正田落としで勝利。8月2日、春日部ふれあいキューブ大会での「WRESTLE−1 GRAND PRIX」1回戦で村瀬広樹と対戦。8分43秒、正田落としで勝利。同日の2回戦で近藤と対戦。13分5秒、ラリアットに敗れた。10月10日、東京愚連隊の新木場1stRING大会でTAJIRIを相手に防衛戦。13分45秒、両者リングアウト。11月23日、W−1の平野区民ホール大会のメインでアンディ・ウーのクルーザー級王座に挑戦。21分51秒、フェイホンに敗れた。11月27日、W−1の後楽園ホール大会で岩本煌史と対戦。7分5秒、正田落としで勝利。12月1日、東京愚連隊の後楽園ホール大会で望月成晃を相手に防衛戦。9分25秒、スモールパッケージホールドにフォール負けして王座転落。 16年4月20日、後楽園ホールでの王道の旗揚げ戦で土方隆司と対戦。10分7秒、スーパーフィッシャーマンバスターに敗れた。12月9日、W−1の後楽園ホール大会で児玉裕輔のクルーザー級王座に挑戦。16分18秒、変型正田落としで勝利。W−1クルーザー級王座を獲得した。 17年1月8日、後楽園ホール大会でアンディ・ウーを相手に防衛戦。16分42秒、正田落としで勝利。3月20日、後楽園ホール大会で吉岡世起を相手に防衛戦。21分50秒、Clock Strikesに敗れて王座転落。5月4日、W−1の後楽園ホール大会でアンディ・ウーのクルーザー級王座に挑戦。13分11秒、正田落としで勝利。クルーザー級王座を獲得。6月6日、W−1の後楽園ホール大会でハヤシを相手に防衛戦。12分23秒、垂直落下式正田落としで勝利。7月16日、W−1の平野区民ホール大会でアンディ・ウーを相手に防衛戦。17分28秒、フェイホンに敗れて王座転落。8月11日、W−1の後楽園ホール大会でハヤシ、頓所と組んで征矢、論外、岩石組のUWA世界6人タッグ王座に挑戦。16分31秒、岩石の岩石落とし固めに頓所が敗れた。9月2日、W−1の横浜文化体育館大会で河野、火野裕士と組んで征矢、論外、岩石組のUWA世界6人タッグ王座に挑戦。11分23秒、論外の超高校級ラ・マヒストラルにMAZADAがフォール負け。9月24日から始まったW−1タッグリーグ戦に論外と組んで参戦。リーグ戦は1勝2敗に終わった。9月27日、東京愚連隊の新宿FACE大会でFUJITAと組んでディック東郷、獅龍組のタッグ王座に挑戦。18分56秒、FUJITAがパイルドライバーで獅龍に勝利。東京インターコンチネンタルタッグ王座を獲得。 18年1月14日、東成区民センター大会で河野と対戦。7分6秒、ダイビングニードロップに敗れた。2月4日、W−1の夢メッセみやぎ大会で河野、近藤と組んで土肥、熊ゴロー、伊藤貴則組の6人タッグ王座に挑戦。19分42秒、土肥の垂直落下式ブレーンバスターにMAZADAが敗れた。2月14日、W−1の後楽園ホール大会でCRUISER FESトーナメントに参戦し、1回戦で近野剣心と対戦。10分11秒、正田落としで勝利。2月18日、清水マリンビル大会での準決勝でアンディ・ウーと対戦。14分10秒、フェイホンに敗れた。3月14日、W−1の後楽園ホール大会で論外、FUJITAと組んで熊ゴロー、土肥、伊藤組の6人タッグ王座に挑戦。10分28秒、FUJITAが回転エビ固めで伊藤にフォール勝ち。UWA世界6人タッグ王座を獲得。4月3日、W−1の新木場1stRING大会で佐藤嗣崇と対戦。8分25秒、変型エル・パンテーラでフォール勝ち。4月4日、新宿FACEでの「はぐれIGFインターナショナル旗揚げ戦」でアルカンヘル・デ・ラ・ムエルテと対戦。13分5秒、横十字固めでフォール勝ち。7月17日、東京愚連隊の新宿FACE大会で宮本裕向、木高イサミ組を相手にタッグ王座の防衛戦。15分37秒、宮本のファイアーサンダーにMAZADAが敗れて王座転落。5月6日、W−1の後楽園ホール大会でアンディ・ウー、アレハンドロ、エル・イホ・デル・パンテーラ組を相手に6人タッグ王座の防衛戦。15分36秒、MAZADAが正田落としでアレハンドロに勝利。7月22日、W−1の御殿場市民会館大会でタナカ岩石と対戦。10分5秒、フィッシャーマンズバスターで勝利。9月2日、W−1の横浜文化体育館大会でアンディ・ウー、アレハンドロ、エル・イホ・デル・パンテーラ組を相手に6人タッグ王座の防衛戦。15分6秒、MAZADAが垂直落下式正田落としでアレハンドロに勝利。12月18日、鹿児島・オロシティーホール大会でトンドコロ隼と対戦。9分17秒、正田落としで勝利。 19年2月15日、城東KADO−YAがもよんホールでの上井プロデュース興行で、この日が復帰戦となった竹村克司(竹村豪氏)と対戦。7分48秒、首固めにフォール負け。2月16日、足利市民プラザ・小ホール大会での「CRUISER FES」1回戦でエル・イホ・デル・パンテーラと対戦。14分58秒、ウラカン・ラナにフォール負け。9月25日、東京愚連隊の新宿FACE大会でディック東郷と組んで望月成晃、ロッキー川村組のタッグ王座に挑戦。16分18秒、東郷がクロス・フェイスロックで川村に勝利。東京インターコンチネンタルタッグ王座を獲得した。10月23日、W−1の後楽園ホール大会でエル・イホ・デル・パンテーラのW−1クルーザー級王座に挑戦。18分12秒、ムーンサルトプレスに敗れた。

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