ダークロHP

NOSAWA論外

本名:野沢一茂
1976年12月17日
千葉県市川市出身
180cm 80kg
タイトル歴:アジアタッグ CMLL世界ウェルター UWA世界タッグ KO−D無差別級 JCW世界ヘビー IWRGインターコンチネンタルタッグ 東京世界ヘビー UWA世界6人タッグ
得意技:ラ・マヒストラル

95年12月27日、調布グリーンホールでの将軍KYワカマツ戦でデビュー。 97年5月、DDT旗揚げに参加。マスクマンのスペル・カカオとしてCMLLジャパンに出場。 ネグロ・カサスに師事し、99年3月にCMLL所属になる。10月にティグレ・ブランコとのマスカラ戦に敗れてNOSAWAに改名。 00年12月20日、アカプルコでアルカンヘルを破りCMLL世界ウェルター級王座を獲得。 02年9月、マスクマンのダーク・ゲレーラとして全日本プロレスに初登場。メキシカンというふれこみだったため、コメントを残すことはなかった。 03年11月、パルカ・ゲレーラの名でマスクマンとして来日し、ラ・パルカ・オリジナル(ラ・パーク)と組んで全日本プロレスの世界最強タッグ決定リーグ戦に出場。6戦全敗でリーグ戦を終えた。12月5日、日本武道館大会でラ・パルカ・オリジナルと組んでザ・マスク・オブ・タイガー(初代タイガーマスク)、ミスター日本カミカゼ(新崎人生)組と対戦。10分31秒、タイガースープレックスにゲレーラがフォール負け。 04年より全日本プロレスにMAZADAとの東京愚連隊で登場。10月11日、後楽園ホール大会でMAZADAと組んで天龍組のアジアタッグ王座に挑戦。19分38秒、渕のバックドロップホールドにNOSAWAがフォール負け。10月に世界ジュニア王者のカズ・ハヤシに挑戦を迫ったところ「おまえは論外だ!」と拒絶されたのを機に、NOSAWA論外に改名。 05年7月26日、代々木第2体育館大会でMAZADAと「負けたら即、全日本追放マッチ」で対戦。7分41秒、腕十字固めに敗れて全日本プロレスを追放。その後、マスクマンのスペース・論・ウルフとして全日本プロレスに登場。12月5日、大田区体育館大会でスペース・論・ウルフとしてAKIRAと対戦。8分41秒、ムササビプレス2連発にフォール負け。試合後にマスクを脱いで正体を明かした。 06年、MAZADAと組んでジュニアタッグリーグ戦で優勝。 08年4月には鈴木みのる太陽ケア、MAZADA、TAKEMURAとGURENTAIを結成。7月27日、ドラゴンゲートの神戸ワールド記念ホール大会でMAZADAと組んで横須賀、斉藤了組のオープン・ザ・ツインゲート統一タッグ王座に挑戦。14分1秒、斉藤のプレミアムブリッジに論外が敗れた。 09年1月3日、全日本プロレスの後楽園ホール大会で、みのるとのタッグで王座決定トーナメントを制し、アジアタッグ王座を獲得。1月11日、ノアのディファ有明大会で丸藤正道の世界ジュニアヘビー級王座に挑戦。16分51秒、ポールシフトに敗れた。3月1日、後楽園ホール大会で小島KAI組を相手にタッグ王座の防衛戦。23分16秒、みのるが逆落としからのスリーパーでKAIに勝利して初防衛に成功。3月11日、八戸市体育館大会でグレート・ムタと対戦。6分18秒、シャイニングウィザードに敗れた。4月にはMAZADAと組んでジュニアタッグリーグ戦に出場したが、優勝を逃した。8月22日、札幌テイセンホール大会で西村征矢組を相手にアジアタッグ王座の防衛戦。29分37秒、みのるのゴッチ式パイルドライバーから論外がラ・マヒストラルで征矢にフォール勝ち。9月23日、後楽園ホール大会で曙、組を相手にアジアタッグ王座の防衛戦。20分45秒、曙のダイビングボディプレスにNOSAWAが敗れて王座転落。9月27日、ノアの日本武道館大会でジュニアヘビー級リーグ戦出場をかけて青木篤志と対戦。6分59秒、腕ひしぎ逆十字固めに敗れた。11月7日、DRAGON GATEの後楽園ホール大会に出場し、神田、新井と組んでブッチャーCIMA、超神龍組と対戦。3分38秒、地獄突きからのエルボードロップをくらってブッチャーにフォール負け。11月20日から高山と組んで最強タッグ決定リーグ戦に参戦。3勝5敗でリーグ戦敗退。 10年3月7日、さいたまスーパーアリーナでのゲーム会社コーエー主催のイベント「戦国武将祭」で風魔小太郎に扮して(服部半蔵)と対戦。ミノルスペシャルに敗れた。4月11日にGURENTAIが活動停止。4月15日、新木場1stRINGで東京愚連隊の自主興行を開催。メインでMAZADA、FUJITA、KIKUZAWAを相手に4WAYマッチで対戦。最後はMAZADAと1対1の対戦となり、21分41秒、ラ・マヒストラルで勝利。東京世界ヘビー級王座を獲得した。5月2日、愛知県体育館大会でカズ・ハヤシの世界ジュニア王座に挑戦。得意のラ・マヒストラルを再三しかけたが決めることができず、21分53秒、パワープラントに敗れた。5月30日、試合後に全日本プロレス撤退を表明。パートナーのMAZADAはそのまま全日本プロレスに残留した。6月6日、メキシコシティでのAAAのビッグショー「トリプレマニア」に出場し、クルーザー級王者のエクストリーム・タイガー、エバンスダニエルズを相手に4WAYでの王座戦。タイガーのスワンダイブ式フットスタンプに敗れて最初の退場者となった。試合はエバンスがコークスクリュー630℃セントーンでダニエルズに勝利した。6月10日、ZERO1の新宿FACE大会で藤田ミノルと組んで佐藤耕平KAMIKAZE組のWEWタッグ王座に挑戦。18分20秒、佐藤のジャイアント・マヒストラルに藤田がフォール負け。6月26日、ノアのディファ有明大会でFUJITAと組んで石森マルビン組のGHCジュニアタッグ王座に挑戦。16分35秒、石森の450°スプラッシュに論外がフォール負け。9月10日、全日本プロレスの後楽園ホール大会でのBUSHI対MAZADA戦の試合後、マスカラ・コントラ・カベジェラに敗れて逃げるMAZADAの前に突如登場。リング上でMAZADAにシャイニングウィザードを決めてMAZADAの髪を刈った。その後、全日本プロレスのシリーズに参戦。10月8日、後楽園ホールでデビュー15周年記念興行を開催し、マスカラスバンピーロと組んでブッチャー、CIMA、アルカンヘル組と対戦。12分41秒、論外がラ・マヒストラルでアルカンヘルに勝利した。10月24日、全日本プロレスの横浜文化体育館大会でMAZADAと対戦。8分20秒、垂直落下式正田落としに敗れた。11月9日から13日にかけてディファ有明で行われた新日本プロレスのスーパーJタッグリーグ戦にFUJITAと組んで出場したがリーグ戦で敗退。 11年1月30日、新日本プロレスの後楽園ホール大会でタイチと組んでデヴィット田口組のIWGPジュニアタッグ王座に挑戦。16分9秒、田口の外道クラッチ2にタイチがフォール負け。2月20日の深夜、飲酒後に1人でホテルに帰るためタクシーに乗車。酔っていたせいで行き先を伝えきれず、目的地にたどり着けなくなり、仙台市青葉区の路上で運転手と口論。警察を呼ぶため運転手が車から降りたすきにタクシーを運転。運転免許の取得歴はなかったため50メートルほど運転した後にパトカーに追いつかれ、タクシー窃盗容疑で逮捕。このため2月20日に出場予定の新日本プロレスの仙台大会は欠場。2月22日、記者会見で無期限自粛を発表。4月1日に予定されていた自主興行も中止となった。5月15日、メキシコのアレナ・ナウカルパンでの「ルチャ・ファン・フェスト4」で復帰。7月17日、新木場1stRINGでのマスクド・スーパースター引退興行に出場。日本での復帰戦となったこの試合でエル・サムライを相手にXLAWインターナショナル王座の防衛戦。チキンウイングアームロックに敗れて王座転落。9月28日、新宿FACEで東京愚連隊自主興行を開催。高木三四郎を相手に東京世界ヘビー級王座の防衛戦を行い、18分9秒、HIMAWARI−BOMBに敗れて王座転落。試合後に東京愚連隊を離脱していたMAZADAと和解の握手。 12年4月13日、新日本プロレスの新木場1stRING大会でのトーナメントに全身黒のタイツに身を包んだブラックタイガーに変身して参戦。1回戦で児玉ユースケと対戦し、8分23秒、BTドライバー(変型みちのくドライバー2)で勝利。4月15日、新木場1stRING大会での準決勝で関根龍一と対戦し、6分29秒、ラ・マヒストラルでフォール勝ち。決勝では円華と対戦。9分56秒、BTドライバーで勝利して優勝。ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア出場権を獲得した。5月19日、メキシコのドモ・デル・プラン・セクセナルでの「LUCHA FAN FEST 5」のメインで、ガルサと組んでカネックパワー・ウォリアー組と対戦。11分37秒、ダブルインパクトをくらって論外がフォール負け。5月23日、紫雷イオと共に成田空港に帰国した際に、大麻所持が検査で発覚。自画像の絵と台紙の間に乾燥大麻約75グラム(末端価格約45万円)を隠していた。大麻取締法違反(輸入)の疑いで千葉県警に逮捕されたが、2人は容疑を否認。ベスト・オブ・ザ・スーパージュニアは欠場となった。6月12日、処分保留で紫雷イオと共に釈放された。7月10日、プロレスラーのSUGIが謝罪会見を開き、「自分が絵に大麻を仕込んだ」と自供して謝罪した。8月3日、ダイヤモンドリングの健介オフィス道場大会で復帰。佐々木健介と対戦。7分3秒、ラリアットに敗れた。9月19日、K−DOJOの新宿FACE大会でTAKAみちのくと対戦。9分45秒、みちのくドライバー2に敗れた。9月23日、全日本プロレスの横浜文化体育館大会でMAZADAと組んでアジアタッグ王者決定トーナメントに出場。1回戦で金本、田中稔組と対戦。7分6秒、金本のアンクルホールドに論外が敗れた。11月9日、広島産業会館大会でHi69のインディペンデント・ワールド・ジュニア王座に挑戦。15分12秒、スーパーダンス2に敗れた。 13年3月5日、天龍プロジェクトの新木場1stRING大会で百田光雄と対戦。9分、体固めに敗れた。6月4日、天龍プロジェクトの新木場1stRING大会で河上隆一と対戦。15分、時間切れ引き分け。4月11日、新宿FACEで自主興行を開催。メインでミル・マスカラスのALLLヘビー級王座に挑戦。9分21秒、ダイビングボディアタックに敗れた。10月10日、Wー1の秋田拠点センター・アルヴェ大会で大和ヒロシと対戦。8分35秒、ノーザンライトボムに敗れた。10月14日、ZERO1の朱鷺メッセ大会で高山と組んで大仁田田中将斗組と電流爆破マッチで対戦。15分6秒、大仁田のサンダーファイヤーパワーボムに論外が敗れた。12月12日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会でスーパー・ライダーと対戦。10分17秒、腕十字固めに敗れた。12月23日、Wー1の所沢市民体育館サブアリーナ大会で浜と対戦。5分55秒、雷電ドロップに敗れた。 14年7月7日、東京愚連隊の新宿FACE大会でドクトル・ワグナー・ジュニアと組んで望月、佐藤光留組、東京インターコンチネンタルタッグ王者のMAZADA、HUB組を相手に3WAYでのタッグ王座戦。1試合目は9分35秒、ワグナー・ジュニアがワグナードライバーでMAZADAに勝利。2試合目は16分47秒、佐藤の腕ひしぎ逆十字固めに論外が敗れた。7月12日、W−1の出雲体育館大会でアンディ・ウーと対戦。8分26秒、超高校級ラ・マヒストラルでフォール勝ち。7月13日、W−1の広島県立広島産業会館東館大会でアンディ・ウーと対戦。9分57秒、キャメルクラッチで勝利。 15年5月23日、W−1の新宿FACE大会でMAZADAと組んで近藤、ハヤシ組のW−1タッグ王座に挑戦。21分38秒、近藤のラリアットに論外が敗れた。7月15日、東京愚連隊の新宿FACE大会のメインでMAZADAの東京世界ヘビー級王座に挑戦。15分57秒、垂直落下式正田落としに敗れた。8月2日、春日部ふれあいキューブ大会での「WRESTLE−1 GRAND PRIX」1回戦で芦野祥太郎と対戦。7分52秒、ジャーマンスープレックスに敗れた。9月6日、W−1でKAZMA、土肥のユニット「デスペラード」に加入。11月3日、名古屋国際会議場大会でKAZMA、土肥と組んで黒潮、中之上吉岡組の6人タッグ王座に挑戦。19分29秒、KAZMAがゴリーボムで中之上に勝利。UWA世界6人タッグ王座を獲得した。11月15日、両国国技館での天龍の引退興行で新井健一郎と組んで小川良成ケンドー・カシン組と対戦。10分47秒、小川の首固めに論外がフォール負け。11月27日、後楽園ホール大会で黒潮、中之上、吉岡組を相手に6人タッグ王座の防衛戦。12分4秒、中之上のダイビングエルボードロップに土肥が敗れて王座転落。 16年1月31日、W−1の大阪・港区民センター大会でKAIと対戦。10分34秒、スプラッシュプランチャに敗れた。3月6日、W−1の夢メッセみやぎ大会でカズ・ハヤシと対戦。14分26秒、スピニングトーホールドに敗れた。4月17日、W−1の博多スターレーン大会で火野、KAZMAと組んでハヤシ、TAJIRI、田中稔組の6人タッグ王座に挑戦。20分、TAJIRIのバズソーキックに論外が敗れた。5月22日、W−1の新潟東区プラザ大会でKAIと対戦。11分11秒、雁之助クラッチにフォール負け。6月12日、W−1の郡山市南東北総合卸センター大会で征矢学と対戦。10分30秒、ワイルドボンバーに敗れた。7月17日、W−1のBlue Field大会でカズ・ハヤシと対戦。9分20秒、パワープラントに敗れた。8月25日、東京愚連隊の新宿FACE大会で曙と対戦。7分8秒、アケボノ・スプラッシュに敗れた。10月1日、東京愚連隊の新木場1stRING大会でシェーン・ダグラスと組んでトミー・ドリーマー、田中将斗組、葛西純、KAI組を相手に3WAYタッグマッチ。12分20秒、ドリーマーの机の上へのデスバレーボムに論外が敗れた。10月28日、W−1の熊本市流通情報会館大会で河野、近藤と組んで稲葉、吉岡、アンディ組のUWA世界6人タッグ王座に挑戦。20分26秒、稲葉の極反り卍固めに論外が敗れた。11月20日、W−1のBlue Field大会で藤村康平と対戦。11分42秒、超高校級ラ・マヒストラルでフォール勝ち。11月28日、東京愚連隊の後楽園ホール大会のメインでミル・マスカラスのIWA世界ヘビー級王座に挑戦。8分20秒、クロスチョップ、ショルダースルーからのダイビングボディアタックに敗れた。12月3日から始まった全日本プロレスの世界最強タッグ決定リーグ戦にブラック・タイガー7として長井満也と組んで参戦。12月9日、W−1の後楽園ホール大会で葛西、近藤と組んでアンディ・ウー、稲葉、吉岡組の6人タッグ王座に挑戦。8分41秒、近藤がラリアットで稲葉に勝利。UWA世界6人タッグ王座を獲得。タッグリーグ戦は1勝4敗に終わった。
―やはり転機になったのは海外に行ったことですか。
そのなかでもやっぱりメキシコですよね。最初にメキシコに行ったときは、(レスラー生活が)ここで終わってもいいや、日本はもういいやって思ってましたから。
―そもそもメキシコに行くことになったきっかけはなんなんですか?
今から10年以上前に後楽園遊園地のルナパーク(当時)で「闘うビアガーデン」っていう連戦の興行があったんですけど、そのときにメキシカンのアルカンヘルとずっと一緒だったんですよ。そこでルチャ・リブレっていうスタイルの面白さを知って、アルカンヘルからも「オマエは若いんだから、メキシコに来たほうがいい」って言われて、そんなこと言われたらその気になるし、それで行くことになったんですよね。
―そもそものきっかけはアルカンヘルだったと。
最初はアルカンヘルが全部、面倒を見てくれるって言ってたんですよ。でも向こうに着いたらまず泊まらされた場所がラブホテルで(苦笑)、アレナ・メヒコのなかにあるCMLLのジムにも入れない。それで「どうすればいいんだ?」って聞いたら、「(CMLLの)社長の名前を言って、堂々と中に入って行けば大丈夫だ」って(苦笑)。本当かよって思いながらも実際にやってみたら、それですんなり入れちゃったんですよね(笑)。
―意外とあっさりと入れちゃったと(苦笑)。
それで中に入って、ほかの選手たちに交じりながら何気なく一緒にトレーニングをしてたんですけど、ある日にネグロ・カサスから「社長に聞いたら、オマエのことなんて知らないって言ってるぞ。オマエいったい、ここでなにをやってるんだ?」って聞かれたんで、素直に「ここで仕事が欲しくて、一緒に練習してるんだ」って言ったら、翌週から地方のサーキットに連れて行ってもらえるようになったんです。
(週刊プロレスNO.1545より)

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