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ミラノコレクションA.T.

 本名:本名:澤藤章仁(照井章仁だったが、新日本プロレス在籍時に、家庭の都合で苗字が変わった)
1976年8月27日
岩手県盛岡市出身
183cm 90kg O型
タイトル歴:インターナショナル・ライト UWA世界6人タッグ
得意技:ヴィクトリアミラネーゼ A.T.ロック パラダイスロック

多彩なジャベ(関節技)を武器とする。96年にアニマル浜口ジムに入る。98年1月にFMWに入門したが、3ヶ月で退団。99年にメキシコへ渡り、闘龍門の第6期生となる。00年5月13日、メキシコ州アレナ・ナウカルパンでの神田裕之戦でデビュー。12月9日に第4回ヤングドラゴン杯で斎藤了を破り優勝。01年11月13日に5〜8期生がT2P(闘龍門2000プロジェクト)と命名されて後楽園ホールで日本逆上陸。T2Pは、ジャベをメインにしたルチャ・クラシカを売りにしていた。DRAGON GATEでコンドッティ修司、brother YASSINI、YOSSINO、ペスカトーレ八木と共に「イタリアン・コネクション」を結成し、リーダーとして大活躍。闘龍門JAPANと抗争した。透明犬ミケーレとダンサーを引きつれての華麗な入場シーンを演出していた。02年3月に初代インターナショナル・ライト・ヘビー級王座を獲得。9月にYASSINI、YOSSINOとUWA世界6人タッグ王座を獲得。 03年1月27日にT2Pが解散し、闘龍門JAPANに吸収された。 04年7月5日からドラゴンゲートに団体名が変更。 05年4月にフリー宣言。5月よりアメリカのインディ団体やメキシコで活動。 06年7月23日、新日本プロレスの「レッスルランド」に出場。魔界マスクド・デビロック(筑前りょう太)と組んで棚橋弘至、2代目ペガサス・キッド(プリンス・デヴィット)組と対戦。ジャベを駆使して棚橋を翻弄。17分50秒、デビロックがスリングブレイドでペガサスに勝利。8月12日、両国国技館大会で新日本プロレスに初登場。9月のシリーズより本格参戦。10月9日の両国国技館大会では4代目タイガーマスクに勝利した。 07年6月、ベスト・オブ・ザ・スーパージュニアに初出場。 6月2日、草加市スポーツ健康都市記念体育館大会で井上亘と対戦。14分22秒、足4の字固めに敗れた。6月3日、館林市市民体育館大会でプリンス・デヴィットと対戦。10分18秒、ヴィクトリア・ミラネーゼで勝利。6月8日、大阪府立体育会館・第2競技場大会で獣神サンダーライガーと対戦。16分41秒、ヴィクトリア・ミラネーゼで勝利。6月9日、高松市総合体育館大会で4代目タイガーマスクと対戦。11分23秒、ヴィクトリア・ミラネーゼで勝利。6月12日、福井市体育館大会で裕次郎と対戦。10分35秒、スピアーに敗れた。6月15日、和歌山・ハナヨアリーナ大会で石狩太一と対戦。11分25秒、ミラノ固め!でフォール勝ち。4勝2敗でリーグ戦を突破。6月16日、京都市体育館大会での準決勝で田口と対戦。12分47秒、ヴィクトリア・ミラネーゼで勝利。6月17日、後楽園ホール大会での決勝で井上亘と対戦。19分37秒、ヴィクトリア・ミラネーゼで勝利して優勝。試合後の優勝者インタビューで「イタリア革命はまだまだ続くからな。みんな、イタリア革命についてこい!」と絶叫した。8月5日から始まったG1クライマックスに参戦。開幕戦の大阪府立体育会館大会で矢野と対戦。場外戦でパラダイスロックを決めてカウント20直前でリングに戻り、6分、リングアウト勝ち。8月6日、ツインメッセ静岡大会で越中と対戦。10分29秒、モンキーフリップを狙った相手をエビ固めで上から押さえつけてフォール勝ち。8月8日、横浜文化体育館大会で棚橋と対戦。9分59秒、ハイフライフローに敗れた。8月10日、愛知県体育館大会で中邑と対戦。12分30秒、ランドスライドに敗れた。8月11日、両国国技館大会で中西と対戦。5分29秒、ジャーマンスープレックスに敗れた。リーグ戦は2勝3敗に終わった。8月26日、後楽園ホール大会でと対戦。23分54秒、ミノルスペシャルにレフリーストップ負け。10月8日、両国国技館大会でと対戦。6分16秒、ボノロックに敗れた。10月18日から始まったG1タッグリーグに後藤洋央紀と組んで参戦。4勝3敗でリーグ戦を突破。11月2日、後楽園ホール大会での準決勝で棚橋、金本組と対戦。14分20秒、棚橋のハイフライフローにミラノが敗れた。11月11日、両国国技館大会で真壁と対戦。9分39秒、ダイビング・ニードロップに敗れた。12月9日、愛知県体育館大会で蝶野正洋と対戦。13分56秒、シャイニングケンカキックに敗れた。 09年5月30日からはじまったベスト・オブ・ザ・スーパージュニアに参戦。5月30日、後楽園ホール大会でプリンス・デヴィットと対戦し、15分22秒、ヴィクトリアミラネーゼで勝利。6月3日、所沢市民体育館・サブアリーナ大会で4代目タイガーマスクと対戦し、16分12秒、デストロイスープレックスホールドに敗れた。6月6日、宍道湖公園大会で5代目ブラックタイガー(高岩)と対戦。レフリー不在の時にイスを首からぶらさげて、イス攻撃されたことを装い、10分29秒に反則勝ち。6月9日、岐阜・マウントエース大会で邪道と対戦し、16分22秒、外道クラッチで勝利。6月11日、三重・ゆめドームうえの大会でAKIRAと対戦し、11分17秒、ムーンサルトプレスに敗れた。6月13日、KBSホール大会でノアの青木と対戦し、11分12秒、フォールを切りかえされてエビ固めに押さえこまれて敗れた。3勝3敗となり、リーグ戦に敗退した。7月10日、千葉ポートアリーナ大会で田口と対戦。9分10秒、横入り式エビ固めでフォール勝ち。7月20日、月寒アルファコートドーム大会でタイチと組んでジュニアタッグ王者の田口、デヴィット組に挑戦。17分9秒、田口のスモールパッケージホールドにミラノがフォール負け。9月13日、後楽園ホール大会で右目を負傷。翌日から長期欠場。右目下直筋下斜筋麻痺の手術を行った。 10年1月17日、公式携帯サイトの日記で引退を表明。2月14日、両国国技館大会で引退セレモニー。来場したハヤブサウルティモ・ドラゴンらの祝福を受けて紙テープが舞う中、最後に「みんな、イタリア革命についてこい!」とマイクアピールした。

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