ダークロHP

中嶋勝彦

1988年3月11日
福岡県福岡市出身
175cm 95kg
タイトル歴:GHCヘビー 世界ジュニア GHCジュニア インターナショナルジュニアタッグ
得意技:バーティカルスパイク(垂直落下式ブレーンバスター) デスロール

小学校から空手をはじる。フルコンタクトの道場で技術を磨き、小学4年生にして黒帯を取得。中学2年生で空手全国大会(極真松井流)で優勝。 02年12月にWJプロレスに入団。 03年9月6日、横浜文化体育館でのWJプロレスが企画した金網総合格闘技大会「X−1」に出場し、ジェイソン・ゴールデンボーイ・レイと対戦。1R1分22秒、TKO勝ち。 04年1月5日、WJプロレスの後楽園ホール大会で史上最年少(15歳)プロレスラーとしてデビュー。石井智宏と対戦し、12分11秒、逆エビ固めに敗れた。3月1日、後楽園ホール大会で初代タイガーマスクと対戦。ダイビングヘッドバットをかわしたが、11分44秒、ジャパニーズレッグロールクラッチホールドに敗れた。試合後のバックステージで「最初の一発が最後まで効いた。うまく伸ばしてあげたい。最高にいい選手」と初代タイガーマスクが中嶋を称えた。5月3日、新日本プロレスの東京ドーム大会でライガーと対戦。7分27秒、逆エビ固めに敗れた。4月から健介オフィスに入団。5月、新日本プロレスのベスト・オブ・ザ・スーパージュニアに参戦。04年度のプロレス大賞で新人賞を獲得。 05年1月3日、全日本プロレスの後楽園ホール大会で川田利明と対戦。5分16秒、逆片エビ固めに敗れた。4月20日、全日本プロレスの国立代々木競技場第2体育館大会でTAKAみちのくの世界ジュニア王座に挑戦。17分4秒、みちのくドライバー2に敗れた。4月24日、新日本プロレスの大阪府立体育会館大会で藤波辰爾と対戦。3分59秒、ドラゴンスリーパーに敗れた。 06年6月24日、ZERO−ONE MAXのディファ有明大会で高岩竜一と対戦。15分20秒、ラリアットに敗れた。 07年2月17日、全日本プロレスの両国国技館大会でジュニア王者の近藤修司に挑戦。24分25秒、ジャーマンスープレックスで勝利して世界ジュニア王座を獲得。4月30日、愛知県体育館大会でbrother YASSHIを相手に防衛戦。23分37秒、片足抱え式ジャーマンで勝利して防衛に成功。5月27日、神戸サンボーホール大会で土方隆司を相手に防衛戦。19分21秒、片足抱え式ジャーマンで勝利して防衛に成功。6月から健介オフィス道場でのホームタウンマッチが始まり、着実に実力をつける。8月26日、両国国技館大会でクリス・セイビンを相手に防衛戦。18分21秒、デスロールで勝利して防衛に成功。9月1日、健介オフィスのディファ有明大会のメインで森嶋猛のROH王座に挑戦。20分50秒、ラリアットに敗れた。10月8日、シリーズ開幕戦で右手舟状骨骨折となり、その後のシリーズを欠場。10月18日、全日本プロレスの国立代々木競技場第2体育館大会でシルバー・キングを相手に4度目の防衛戦。右手を攻められ動きが止まり大苦戦。一瞬のスキをついた横入り式回転エビ固めで丸めこみ、3カウント入ったが、明らかにシルバーキングの足がロープにかかっていたため再試合となる。再試合では両者KOとなり、ベルトはコミッショナー預かりとなる。その後、長期欠場。 08年2月11日に復帰。3月1日、両国国技館大会でシルバー・キングと再戦。12分29秒、デスバレーボムに敗れて王座転落。3月28日、健介オフィスの博多スターレーン大会でマグニチュード岸和田と対戦。18分36秒、ラストライドを回転エビ固めに切り返してフォール勝ち。6月13日、健介オフィスの大阪府立体育会館第2競技場大会でKENTAと対戦し、大激戦を展開。27分35秒、go2sleepに敗れたが、互角の勝負を演じ、試合後にKENTAから拍手で健闘を称えられた。7月5日、ディファ有明大会で秋山と対戦。場外戦で机やイス攻撃を受けるが、物怖じしない真っ向勝負を展開。18分1秒、リストクラッチ式エクスプロイダーに敗れた。7月13日、ノアの博多スターレーン大会で三沢光晴と対戦。14分16秒、エメラルドフロウジョンに敗れた。9月20日、ROHのペンシルバニア州フィラデルフィア大会でブライアン・ダニエルソンのGHCジュニア王座に挑戦。23分5秒、キャトルミューティレーションに敗れた。9月27日、ノアの大阪府立体育会館大会で森嶋と対戦。デスロールやジャーマンスープレックスを決めるなど健闘したが、9分5秒、ラリアットからのバックドロップに敗れた。11月6日、ディファ有明での健介オフィス主催の「プロレスリング・セム」のメインで青木篤志と対戦。12分32秒、ジャーマンスープレックスで勝利。12月7日、ノアの日本武道館大会で三沢光晴と対戦。9分15秒、ランニング・エルボー3連発からのエメラルドフロウジョンに敗れた。 09年2月11日、健介オフィスの後楽園ホール大会のメインでKENTAのGHCジュニア王座に挑戦。38分54秒、デスロールで勝利してGHCジュニア王座を獲得。2月22日、ノアのZepp Nagoya大会でデイビー・リチャーズと対戦。13分13秒、垂直落下式ブレーンバスターからのジャーマンスープレックスで勝利。3月1日、ノアの武道館大会でKENTAを相手に防衛戦。25分45秒、go2sleepに敗れて王座転落。4月3日、ROHのヒューストン・GRBコンベンションセンター大会でロデリック・ストロングと対戦。9分31秒、タイガードライバーに敗れた。4月30日、高知県民体育館大会で伊藤旭彦と対戦し、10分33秒、ジャーマンスープレックスで勝利。5月3日、京都KBSホール大会で青木篤志と対戦し、11分10秒、デスロールで勝利。6月28日、健介オフィスの札幌テイセンホール大会でGHC王者の潮崎豪と対戦。25分11秒、ラリアットに敗れた。7月29日、新木場1stRINGでの望月成晃プロデュース興行で望月成晃と対戦。21分21秒、ハイキックの打ちあいで両者KO。8月2日、健介オフィスの楽園ホール大会で望月と再戦。21分25秒、デスロールからのジャーマンスープレックスで勝利。9月12日、ノアの後楽園ホール大会のメインで宮原と組んで金丸鈴木鼓太郎組のGHCジュニアタッグ王座に挑戦。24分31秒、鼓太郎のタイガードライバーに宮原が敗れた。10月にノアのジュニアヘビー級リーグ戦に参戦。10月15日、後楽園ホール大会で鈴木鼓太郎と対戦。30分時間切れ引き分け。10月17日、仙台産業展示館・アズテックミュージアム大会でデリリアスと対戦。15分5秒、足首固めで勝利。10月25日、札幌テイセンホール大会でKENTAと対戦。30分時間切れ引き分け。10月27日、福島市国体記念体育館サブアリーナ大会でリッキー・マルビンと対戦。12分7秒、回転エビ固めでフォール勝ち。2勝2引き分けでリーグ戦を突破。10月31日、決勝トーナメント1回戦で金丸と対戦。10分17秒、高角度前方回転エビ固めにフォール負け。11月、カナダ遠征中に、エル・ジェネリコ戦で右足首の靭帯を損傷し、長期欠場。 10年1月31日、健介オフィスの館林市民体育館大会で復帰。健介と組んで吉江、豪組と対戦し、21分49秒、ジャーマンスープレックスで豪に勝利。2月11日、健介オフィスの後楽園ホール大会で丸藤正道と対戦。29分4秒、タイガーフロウジョンに敗れた。2月22日、IGFのJCBホール大会のメインで健介と組んで小川直也、澤田組と対戦。14分26秒、健介がラリアットで澤田に勝利。3月20日、後楽園ホール大会でリッキー・マルビンと対戦。4分25秒、ランニングローキックで勝利。3月26日、ノアの千葉公園体育館大会で右目を眼窩底骨折し、長期欠場。6月21日、健介オフィスの清水マリンビル大会で復帰。潮崎豪と対戦し、16分52秒、ラリアット4連発からのゴーフラッシャーに敗れた。7月14日、ノアの岩手県営体育館大会で宮原と組んでGHCジュニアタッグ王者の石森、マルビン組に挑戦。21分29秒、石森の450°スプラッシュに宮原が敗れた。9月26日、ノアの日本武道館大会で健介と組んで高山佐野組のGHCタッグ王座に挑戦。18分49秒、高山のエベレストジャーマンに中嶋が敗れた。10月に梶原慧と組んでノアのジュニアヘビー級タッグリーグ戦に出場したが、リーグ戦で敗退。12月3日、IGFの両国国技館大会で健介と組んでラシュリーハリケーン組と対戦。14分13秒、鬼嫁殺しでラシュリーを場外に落とし、健介がノーザンライトボムを決めてハリケーンに勝利。 11年3月5日、ノアの有明コロシアム大会で鈴木鼓太郎のGHCジュニア王座に挑戦。24分9秒、タイガードライバーに敗れた。4月23日、ノアの札幌テイセンホール大会で青木と対戦。11分26秒、腕ひしぎ逆十字固めをエビ固めに切りかえしてフォール勝ち。5月13日、ノアのイギリス・ブルックスボルン大会でザック・セイバー・ジュニアと対戦。13分44秒、ランニングローキックで勝利。5月14日、ノアのイギリス・ウォルヴァーハンプトン・シビックホール大会で潮崎と対戦。20分時間切れ引き分け。5月15日、ノアのドイツ・オーバーハウゼン・タービンホール大会でリッキー・マルビンと対戦。11分32秒、ランニングローキックで勝利。6月14日、Zepp Fukuoka大会でロデリック・ストロングと対戦。15分時間切れ引き分け。7月10日、有明コロシアム大会で秋山準と対戦。入場時にリングに上がる瞬間の秋山を蹴りつけて試合開始。試合後に「おれ、なにかのカタキか」、「蹴りはもう本当に、こいつおれのこと憎んでるのかなって思うくらい」と秋山が語るほどの激しい打撃をしかけて序盤戦は完全に圧倒。場外戦で動きを止められその後は劣勢に回るが、コーナーでうつむいてダウンした秋山の顔面を蹴りあげて動きを止め、ブレーンバスターからミドルキックを打ちこむがカウント2。最後は膝蹴り3連発、急角度のエクスプロイダーをくらってしまい、10分35秒、リストクラッチ式エクスプロイダーに敗れた。7月から梶原慧と組んでノアのジュニアタッグリーグ戦に出場。2勝2敗に終わった。9月23日、後楽園ホール大会で鈴木鼓太郎のGHCジュニア王座に挑戦。21分2秒、顔面へのハイキックでTKO勝ち。GHCジュニア王座2度目の獲得。9月29日、急性虫垂炎のため緊急手術。王座を返上した。10月29日、博多スターレーン大会で復帰。メインでKUDOと組んで金本浩二、フジタ“Jr”ハヤト組と対戦し、30分時間切れの引き分け。5分間の延長戦も時間切れの引き分けに終わった。11月23日、健介オフィスの大阪府立体育会館第2競技場大会でフジタ“Jr”ハヤトと対戦。27分34秒、試合中に脳震盪を起こした相手にジャーマンスープレックスで完勝。11月27日、ノアの有明コロシアム大会でリッキー・マルビンを相手にGHCジュニア王座決定戦。18分7秒、ジャーマンスープレックスで勝利してGHCジュニア王座を獲得。 12年1月21日、健介オフィスの岐阜商工会議所大会で高岩と対戦。15分10秒、キック連打からのジャーマンスープレックスで勝利。1月29日、ノアの博多スターレーン大会で青木を相手に防衛戦。18分22秒、右ハイキックでフォール勝ち。2月11日、健介オフィスからダイヤモンドリングに団体名が変更。後楽園ホールでの第1弾大会のメインでドラゴンゲートの鷹木信悟と対戦。23分29秒、ハイキックからのダルマ式ジャーマンスープレックスで勝利。2月25日、ノアの後楽園ホール大会で石森を相手に防衛戦。24分20秒、右ハイキックでフォール勝ち。3月7日、後楽園ホール大会で平柳玄藩を相手に防衛戦。18分8秒、右ハイキックでフォール勝ち。4月11日から始まったノアのグローバル・タッグリーグ戦にGHCヘビー級王者の森嶋と組んで出場。堂々とした試合運びで勝ち星を上げつづけた。4月15日、ダイヤモンドリングの北沢タウンホール大会でフジタ“Jr”ハヤトを相手にGHCジュニア王座の防衛戦。ハヤトが打撃ラッシュからのヘルムを狙ったところに、カウンターの右ハイキックを決めてフォール勝ち。4月29日、タッグリーグ最終戦の後楽園ホール大会で大谷橋本大地組と対戦。20分34秒、森嶋がバックドロップで橋本に勝利。この結果、丸藤、ヨネ組と同点になり、優勝決定戦が行われ、14分11秒、新生マッスルドッキングに森嶋が敗れた。5月9日、ノアの後楽園ホール大会で金丸を相手に防衛戦。15分27秒、垂直落下式ブレーンバスターに敗れて王座転落。5月26日、ノアのディファ有明大会でマイキー・ニコルスと対戦。11分34秒、足四の字固めで勝利。6月3日、ノアの名古屋国際会議場大会でボビー・フィッシュと対戦。11分22秒、ジャーマンスープレックスで勝利。6月6日、ノアの熊本市流通情報会館大会で小峠篤司と対戦。11分12秒、ジャーマンスープレックスで勝利。7月27日、天龍プロジェクトの後楽園ホール大会で梶原慧と組んで折原、ブラック・タイガー(高岩)組のタッグ王座に挑戦。24分4秒、中嶋が垂直落下式ブレーンバスターで折原に勝利。インターナショナルジュニアタッグ王座を獲得した。9月8日から始まったノアのジュニアタッグリーグ戦に梶原と組んで出場。リーグ戦を2勝1敗1引き分けで終えた。9月30日、ダイヤモンドリングの三郷市総合体育館大会のメインで田中将斗と対戦。21分8秒、スライディングDに敗れた。11月3日から始まったノアのグローバルリーグ戦に参戦。11月3日、ノアの後楽園ホール大会で秋山と対戦。12分12秒、リストクラッチ式エクスプロイダーに敗れた。11月4日、ダイヤモンドリングの下仁田中学校大会で金丸、平柳組を相手にタッグ王座の防衛戦。18分49秒、中嶋が垂直落下式ブレーンバスターで平柳に勝利。11月9日、旭川地場産業振興センター大会のメインで杉浦貴と対戦。12分8秒、フランケンシュタイナーに敗れた。11月17日、名古屋国際会議場大会でマイバッハ谷口と対戦。9分58秒、マイバッハボムをウラカンラナで切り返した直後に右ハイキックを決めてフォール勝ち。11月18日、大阪府立体育会館・第2競技場大会で丸藤と対戦。12分8秒、ドラスクホールドに敗れた。11月20日、後楽園ホール大会でシェイン・ヘイストと対戦。9分28秒、右ハイキックを決めてフォール勝ち。11月23日、後楽園ホール大会で齋藤彰俊と対戦。8分28秒、スイクルデスからのランニングスイクルデスに敗れた。試合後、齋藤に声をかけられて握手。お互いに膝をついての礼を見せた。リーグ戦を2勝4敗で終えた。12月8日、ダイヤモンドリングの横浜ラジアントホール大会で宮原と対戦。22分22秒、右ハイキックを決めてTKO勝ち。12月13日、みちのくプロレスの後楽園ホール大会のメインでフジタ“Jr”ハヤトの東北ジュニア王座に挑戦。20分35秒、KIDにレフリーストップ負け。12月24日、ノアのディファ有明大会でマルビンと対戦。9分45秒、ムーンサルトアタックを丸め込んでのエビ固めでフォール勝ち。12月29日、天龍プロジェクトの後楽園ホール大会で土方隆司、THE KABUKI組を相手にタッグ王座の防衛戦。24分54秒、梶原がムーンサルトプレスでKABUKIに勝利。 13年2月21日、K−DOJOの新宿FACE大会のメインで関根龍一と対戦。16分4秒、垂直落下式ブレーンバスターで勝利。4月13日から始まったノアのグローバルタッグリーグ戦に佐々木健介と組んで参戦。リーグ戦を3勝1敗で突破し、優勝決定戦に進出。4月19日、ダイヤモンドリングの富山産業展示館テクノホール大会で折原、HIROKI組を相手にタッグ王座の防衛戦。16分55秒、折原のムーンサルトプレスに梶原が敗れて王座転落。4月28日、後楽園ホール大会での優勝決定戦でKENTA、高山組と対戦。19分39秒、KENTAのgo2sleepに中嶋が敗れた。7月7日、ノアの有明コロシアム大会でヨネと対戦。12分2秒、キン肉バスターに敗れた。7月14日、ノアの後楽園ホール大会でマイバッハ谷口と対戦。11分15秒、レフリー暴行と刺又攻撃で反則勝ち。8月4日、ノアのディファ有明大会でマイバッハ谷口と対戦。9分32秒、右ハイキックを決めてフォール勝ち。8月18日、DDTの両国国技館大会で竹下幸之介と対戦。15分39秒、垂直落下式ブレーンバスターで勝利。10月5日、ノアの横浜文化体育館大会のメインでKENTAのGHCヘビー級王座に挑戦。33分49秒、go2sleepに敗れた。10月13日、ZERO1の後楽園ホール大会で、この試合が復帰戦となった橋本大地と対戦。19分51秒、垂直落下式ブレーンバスターで勝利。10月19日から始まったノアのグローバルリーグ戦に参戦。10月26日、札幌テイセンホール大会でシェイン・ヘイストと対戦。13分33秒、右ハイキックを決めてフォール勝ち。10月27日、札幌テイセンホール大会のメインでKENTAと対戦。19分52秒、右ハイキックを決めてフォール勝ち。11月2日、大阪府立体育会館第2競技場大会で関本大介と対戦。11分5秒、ジャーマンスープレックスに敗れた。11月5日、栃木県総合文化センター・サブホール大会のメインで森嶋と対戦。9分12秒、バックドロップに敗れた。11月8日、新潟市体育館大会でエディ・エドワーズと対戦。12分36秒、回転足折り固めにフォール負け。11月10日、後楽園ホール大会でヨネと対戦。5分6秒、右ハイキックを決めてフォール勝ち。リーグ戦は3勝3敗に終わった。11月12日、ラゾーナ川崎大会でザック・セイバー・ジュニアと対戦。12分58秒、腕ひしぎ逆十字固めを丸め込んでのエビ固めでフォール勝ち。12月5日、ノアの千葉ポートアリーナ・サブアリーナ大会でマイキー・ニコルスと対戦。11分12秒、首固めでフォール勝ち。12月7日、ノアの有明コロシアム大会で丸藤と組んでシェイン・ヘイスト、マイキー・ニコルス組のGHCタッグ王座に挑戦。17分59秒、合体技のサンダーバレーをくらってシェインに中嶋がフォール負け。 14年1月22日、熊本市食品流通交流会館大会でジョナ・ロックと対戦。12分35秒、胴締めスリーパーホールドでレフリーストップ勝ち。2月11日、ダイヤモンドリングの後楽園ホール大会のメインで佐々木健介と対戦。19分13秒、ジャーマンスープレックスで勝利。試合後、「佐々木さん。僕は佐々木さんと出会ってから、この人について行くと決めました。あれから10年、おれの選んだ道は正しかったです。おかげさまで10周年、迎えることができました。本当にありがとうございました」とマイク。健介もマイクを持ち「勝彦。おまえ、強くなったな。おれは28年やってきた。今感じてることって、こんなに気持ちいい負けってないなって感じてるよ」と返答し、さらに「プロレス、思い残すことないよ。ありがとう。思い残すことは何もない。この28年、佐々木健介を応援していただいて、ありがとうございました」と引退宣言をした。2月22日、ノアのディファ有明大会でエクストラ・ラージと対戦。5分6秒、右ハイキックを決めてTKO勝ち。3月16日、アオーレ長岡アリーナ大会でシェイン・ヘイストと対戦。12分1秒、高角度前方回転エビ固めでフォール勝ち。4月12日から始まったノアのグローバルタッグリーグ戦に丸藤と組んで参戦。4月27日、札幌テイセンホール大会のリーグ最終戦でシェイン・ヘイスト、マイキー・ニコルス組と対戦。14分39秒、丸藤が虎王からのパーフェクト・フェイスロックでシェインに勝利。この結果、4勝2敗となり、同日のメインで同点1位の杉浦、田中将斗組を相手に優勝決定戦。18分1秒、杉浦のオリンピック予選スラムに中嶋が敗れた。5月3日、ノアのディファ有明大会のメインでヨネと対戦。13分13秒、キン肉バスターに敗れた。6月5日、宮城野区文化センター大会で日向寺塁と対戦。13分33秒、垂直落下式ブレーンバスターで勝利。6月28日、横浜ラジアントホール大会でロッキー・ロボと対戦。7分41秒、垂直落下式ブレーンバスターで勝利。7月21日、博多スターレーン大会のメインで丸藤のGHCヘビー級王座に挑戦。25分31秒、虎王2連発からの変型エメラルドフロウジョンに敗れた。8月24日、後楽園ホール大会でマイバッハ谷口と対戦。11分35秒、マイバッハプレスに敗れた。9月6日、ディファ有明大会で森嶋と対戦。11分35秒、バックドロップに敗れた。9月11日、名古屋市千種文化小劇場・ちくさ座大会でマイバッハ谷口と対戦。12分13秒、マイバッハプレスに敗れた。10月17日、ZERO1の後楽園ホール大会で小幡優作と対戦。13分13秒、ツイスターで勝利。10月18日から始まったノアのグローバルリーグ戦に参戦。開幕戦の後楽園ホール大会のメインでGHC王者の丸藤と対戦。19分41秒、ハイキックからのダイヤモンドボムで勝利。10月21日、大阪府立体育会館第2競技場大会で小島聡と対戦。10分27秒、ラリアットに敗れた。10月25日、佐世保市体育文化館大会でシェイン・ヘイストと対戦。13分36秒、右ハイキックからのダイヤモンドボムで勝利。10月26日、博多スターレーン大会で森嶋と対戦。13分34秒、右ハイキックを決めてフォール勝ち。10月27日、大分イベントホール大会でコルト・カバナと対戦。8分6秒、ダイヤモンドボムで勝利。11月2日、長野市アークスセンター大会で齋藤と対戦。14分12秒、デスブランドに敗れた。11月8日、後楽園ホール大会で関本大介と対戦。12分15秒、ジャーマンスープレックスに敗れた。リーグ戦は4勝3敗に終わった。11月16日、横浜ラジアントホール大会で齋藤と対戦。16分43秒、ジャーマンスープレックスで勝利。12月23日、ディファ有明大会で森嶋と対戦。9分50秒、後方回転エビ固めにフォール負け。 15年1月12日、横浜ラジアントホール大会でザック・セイバー・ジュニアと対戦。12分1秒、腕ひしぎ十字固めをエビ固めに丸め込んでフォール勝ち。1月24日、大阪府立体育会館第2競技場大会でザック・セイバー・ジュニアと対戦。15分、時間切れ引き分け。2月21日、道頓堀プロレスの大阪府立体育会館・第2競技場大会で織部克巳と対戦。14分47秒、垂直落下式ブレーンバスターで勝利。2月27日、東部フレンドホール大会でマイバッハ谷口と対戦。10分1秒、マイバッハプレスに敗れた。3月28日、後楽園ホール大会でクワイエット・ストームと対戦。9分59秒、首固めでフォール勝ち。3月29日、アオーレ長岡アリーナ大会で北宮光洋と対戦。8分1秒、右ハイキックを決めてフォール勝ち。4月19日から始まったグローバルタッグリーグ戦に丸藤と組んで参戦。リーグ戦を3勝2敗で終えた。6月7日、新木場1stRING大会でザック・セイバー・ジュニアと対戦。10分36秒、垂直落下式ブレーンバスターで勝利。7月13日、ラゾーナ川崎大会で小峠と対戦。15分32秒、垂直落下式ブレーンバスターで勝利。8月30日、アクトシティ浜松大会でクワイエット・ストームと対戦。9分44秒、垂直落下式ブレーンバスターで勝利。9月19日、大阪府立体育会館大会でシェルトン・X・ベンジャミンと対戦。13分8秒、ペイダートに敗れた。9月22日、DDT・DNAの新宿FACE大会のメインで樋口和貞と対戦。16分、垂直落下式ブレーンバスターで勝利。10月10日、横浜ラジアントホール大会でクワイエット・ストームと対戦。10分57秒、垂直落下式ブレーンバスターで勝利。10月16日から始まったグローバルリーグ戦に参戦。10月17日、ディファ有明大会で北宮と対戦。11分3秒、垂直落下式ブレーンバスターで勝利。10月22日、北九州市立小倉北体育館大会でマイバッハ谷口と対戦。10分44秒、垂直落下式ブレーンバスターで勝利。10月24日、博多スターレーン大会のメインで鈴木みのると対戦。15分56秒、ゴッチ式パイルドライバーに敗れた。10月25日、博多スターレーン大会で飯塚高史と対戦。11分48秒、垂直落下式ブレンバスターで勝利。10月26日、広島産業会館・東展示館大会でヨネと対戦。12分48秒、垂直落下式ブレーンバスターで勝利。11月3日、大阪府立体育会館・第2競技場大会でコルト・カバナと対戦。10分31秒、シカゴスカイラインに敗れた。11月6日、新潟市産業振興センター大会でシェルトン・X・ベンジャミンと対戦。13分1秒、ペイダートに敗れた。リーグ戦は4勝3敗に終わった。11月15日、両国国技館での天龍の引退興行で佐藤光留、橋本和樹と組んで北原、土方、那須組と対戦。13分8秒、佐藤がジャーマンスープレックスからの腕ひしぎ逆十字固めで那須に勝利。11月20日、後楽園ホール大会でクワイエット・ストームと対戦。12分50秒、垂直落下式ブレーンバスターで勝利。11月26日、後楽園ホール大会でヨネと対戦。11分56秒、垂直落下式ブレーンバスターで勝利。12月23日、ノアの旗揚げ15周年記念大会となった大田区総合体育館大会でベンジャミンと対戦。16分56秒、垂直落下式ブレーンバスターで勝利。 16年1月1日、ノアに入団。1月17日、博多スターレーン大会でデイビーボーイ・スミス・ジュニアと対戦。10分28秒、高角度前方回転エビ固めでフォール勝ち。1月23日、大阪府立体育会館・第2競技場大会でのスミス・ジュニア対ヨネの試合がランス・アーチャーの乱入で終了。ヨネと組んでアーチャー、スミス・ジュニア組とのタッグマッチが行われ、14分1秒、ヨネがキン肉バスターでアーチャーに勝利。1月31日、横浜文化体育館大会でヨネと組んでアーチャー、スミス・ジュニア組のGHCタッグ王座に挑戦。15分51秒、キラーボムをくらってアーチャーにヨネがフォール負け。2月24日、後楽園ホール大会のメインで鈴木みのると対戦。「勝てば王座挑戦権獲得、負けたら鈴木軍に入る」という条件での試合となった。右腕を徹底的に痛めつけられたが、ドロップキック、トラースキック3連発、オーバーヘッドキック、ドロップキック、ランニングローキックを決めて、25分51秒、垂直落下式ブレーンバスターで勝利。2月25日、新宿FACEで行われた新日本プロレスの若手主体興行「ライオンズゲート」に出場し、ジュース・ロビンソンと対戦。前日に痛めた右腕を攻められたが、12分20秒、垂直落下式ブレーンバスターで勝利。3月2日、ディファ有明大会でタイチと対戦。10分5秒、バーティカルスパイクで勝利。3月19日、後楽園ホール大会のメインで杉浦のGHC王座に挑戦。29分40秒、イス攻撃からの雪崩式オリンピック予選スラムに敗れた。4月21日から始まったグローバルタッグリーグ戦にマサ北宮と組んで参戦。3勝4敗に終わった。7月16日、後楽園ホール大会で北宮と組んで丸藤、矢野組のGHCタッグ王座に挑戦。19分37秒、丸藤の不知火に北宮が敗れた。7月18日から始まった新日本プロレスのG1クライマックスに出場。7月22日、後楽園ホール大会で矢野通と対戦。3分51秒、ランニングキックからのバーティカルスパイクで勝利。7月24日、後楽園ホール大会で柴田勝頼と対戦。トラースキック3連発からのPKを両腕で受け止められ、14分8秒、張り手、スリーパーホールドからのPKに敗れた。7月27日、長野ビッグハット大会でEVILと対戦。10分31秒、PKからのバーティカルスパイクで勝利。7月30日、愛知県体育館大会で永田裕志と対戦。12分32秒、ハイキック、PKからのバーティカルスパイクで勝利。8月1日、高松市総合体育館大会でYOSHI−HASHIと対戦。12分2秒、カルマ(変型ファルコンアロー)に敗れた。8月4日、福岡市民体育館大会のメインで内藤哲也と対戦。バーティカルスパイクをデスティーノに切り返されて、19分8秒、デスティーノに敗れた。8月7日、アクトシティ浜松大会で本間朋晃と対戦。12分32秒、PKからのバーティカルスパイクで勝利。8月10日、山形市総合スポーツセンター大会でケニー・オメガと対戦。バーティカルスパイクをリバースフランケンシュタイナーで切り返され、10分29秒、片翼の天使に敗れた。8月13日、両国国技館大会でマイケル・エルガンと対戦。エルガンの圧倒的なパワーと中嶋の激しい打撃がぶつかり合う大激戦を展開。エルガンの痛めた左肩をキックで集中攻撃。コーナーへのジャーマン、ミサイルキックをキャッチされてのパワーボム、雪崩式ファルコンアローなどの豪快な技をくらい続けてもカウント3を許さず、16分50秒、トラースキックからのバーティカルスパイクで勝利。試合後に頭を下げて敬意を示し、エルガンも中嶋の右腕を上げて勝利を称えた。リーグ戦は5勝4敗に終わった。9月10日、後楽園ホール大会でランス・アーチャーと対戦。9分5秒、首固めでフォール勝ち。9月23日、後楽園ホール大会で鈴木軍と5対5のイリミネーションマッチ。最後に残った2人に中嶋が勝利。メインの杉浦対北宮戦で、乱入した鈴木みのるに対して中嶋がミサイルキックで撃退。メイン終了後、王座を防衛した鈴木軍の杉浦から挑戦者に指名された。10月23日、横浜文化体育館大会のメインで杉浦のGHC王座に挑戦。33分45秒、バーティカルスパイクで勝利。GHCヘビー級王座を獲得した。11月1日、ノアがエストビー株式会社(11月7日、ノア・グローバルエンタテインメント株式会社に社名変更)に事業譲渡。11月3日から始まったグローバルリーグ戦に参戦。開幕戦の後楽園ホール大会でクワイエット・ストームと対戦。13分42秒、ランニングキックからのバーティカルスパイクで勝利。11月4日、後楽園ホール大会で矢野と対戦。5分13秒、急所攻撃からの赤霧にフォール負け。11月5日、キラメッセぬまづ大会でGHC王者のマイバッハ谷口と対戦。13分13秒、バーティカルスパイクで勝利。11月11日、ツインメッセ静岡大会で齋藤と対戦。11分13秒、バーティカルスパイクで勝利。11月13日、松山市総合コミュニティセンター企画展示ホール大会でランス・アーチャーと対戦。17分6秒、バーティカルスパイクで勝利。11月15日、アクトシティ浜松大会で飯塚と対戦。11分56秒、バーティカルスパイクで勝利。11月19日、夢メッセみやぎ大会で鈴木みのると対戦。16分4秒、ゴッチ式パイルドライバーに敗れた。リーグ戦を5勝2敗で終えた。11月23日、後楽園ホール大会での優勝決定戦に勝利した鈴木みのるがマイクを持ち「なにがリーグ戦だ、この野郎。いつまでも遊んでんじゃねえぞ。てめえらは楽しそうに「北宮!北宮!」ってバカじゃねえの。さあ、そろそろ最終決着戦といこうじゃねえか。おれたちが持っているもの、おれたちのもの、全て賭けてやる。おい、中嶋!全てを背負って出てこい」と呼びだされ、「やってやるよ。12月2日のここ、後楽園でな」と対戦を受諾。「おい、全面対抗戦だ。負けたやつはここから去れ。それが条件だ」と鈴木みのるから最終決戦を宣言された。12月2日と3日に鈴木軍との全面対抗戦。12月2日、後楽園ホール大会のメインで鈴木みのるを相手に防衛戦。37分1秒、バーティカルスパイクで勝利。2日間にわたって行われた鈴木軍との全面対抗戦は全勝。この大会を最後に鈴木軍は撤退した。12月24日、後楽園ホール大会でマサ北宮を相手に防衛戦。26分28秒、バーティカルスパイクで勝利。 17年1月7日、後楽園ホール大会のメインで杉浦を相手に防衛戦。32分18秒、バーティカルスパイクで勝利。1月9日、後楽園ホール大会のメインで拳王と対戦。17分11秒、バーティカルスパイクで勝利。1月21日、大阪府立体育会館・第2競技場大会で小峠と対戦。16分4秒、バーティカルスパイクで勝利。2月21日、名古屋市中村スポーツセンター大会で大原はじめと対戦。14分2秒、バーティカルスパイクで勝利。3月12日、横浜文化体育館大会のメインで潮崎を相手に防衛戦。27分1秒、バーティカルスパイクで勝利。3月22日、岡崎市竜美丘会館大会で石森と対戦。10分21秒、バーティカルスパイクで勝利。3月25日、後楽園ホール大会で齋藤と対戦。11分19秒、バーティカルスパイクで勝利。4月22日から始まったグローバルタッグリーグ戦に北宮と組んで参戦。4勝3敗でリーグ戦を終えた。5月27日、大阪府立体育会館・第2競技場大会で原田大輔と対戦。9分42秒、ヴァーティカルスパイクで勝利。6月4日、後楽園ホール大会のメインでヨネを相手に防衛戦。18分56秒、ヴァーティカルスパイクで勝利。6月25日、ビッグパレットふくしま大会のメインで小峠を相手に防衛戦。20分8秒、ヴァーティカルスパイクで勝利。7月20日、大阪府立体育会館・第2競技場大会で北宮と組んで丸藤、谷口組のGHCタッグ王座に挑戦。26分30秒、谷口のマイバッハボム・ツヴァイに北宮が敗れた。7月27日、後楽園ホール大会のメインでブライアン・ケイジを相手に防衛戦。22分14秒、ヴァーティカルスパイクで勝利。8月26日、後楽園ホール大会でエディ・エドワーズを相手に防衛戦。25分41秒、ダイハードフロウジョンに敗れて王座転落。9月23日、後楽園ホール大会で拳王と対戦。12分8秒、ハイキックを決めてレフリーストップ勝ち。10月14日から始まったグローバルリーグ戦に参戦。開幕戦の後楽園ホール大会で拳王と対戦。30分時間切れ引き分け。10月24日、横浜ラジアントホール大会で宮本裕向と対戦。14分21秒、ヴァーティカルスパイクで勝利。10月29日、石和温泉ホテル石庭大会で小峠と対戦。13分3秒、ヴァーティカルスパイクで勝利。11月6日、夢メッセみやぎ大会でKAZMAと対戦。10分16秒、ヴァーティカルスパイクで勝利。11月11日、大阪府立体育会館・第2競技場大会でクワイエット・ストームと対戦。11分39秒、ラリアットに敗れた。11月12日、松山市総合コミュニティセンター企画展示ホール大会で齋藤彰俊と対戦。10分56秒、ヴァーティカルスパイクで勝利。11月14日、世界館大会で田中将斗と対戦。13分5秒、スライディングDに敗れた。リーグ戦は4勝2敗1引き分けに終わった。12月15日、青森県武道館大会でYO−HEYと対戦。7分34秒、ヴァーティカルスパイクで勝利。 18年1月14日、後楽園ホールで行われた長州力プロデュース興行で奥田啓介と対戦。6分49秒、ヴァーティカルスパイクで勝利。1月19日、横浜ラジアントホール大会で宮脇純太と対戦。2分59秒、サッカーボールキックで勝利。2月11日、世界館大会でヨネと対戦。2分12秒、左ハイキックを決めてレフリーストップ勝ち。2月22日、後楽園ホール大会でクワイエット・ストームと対戦。2分4秒、右ハイキックを決めてレフリーストップ勝ち。3月11日、横浜文化体育館大会で北宮と組んでヨネ、クワイエット・ストーム組のGHCタッグ王座に挑戦。20分16秒、北宮がサイトースープレックスにストームに勝利。GHCタッグ王座を獲得した。3月18日から始まったグローバルタッグリーグに北宮と組んで参戦。3勝2敗2引き分けに終わった。4月14日、札幌マルスジム大会で潮崎と対戦。18分15秒、ラリアットに敗れた。4月15日、札幌マルスジム大会で清宮海斗と対戦。13分3秒、バーティカルスパイクで勝利。4月29日、新潟市体育館大会で潮崎、清宮組を相手にタッグ王座の防衛戦。23分15秒、清宮のスモールパッケージホールドに北宮がフォール負け。タッグ王座から転落した。5月4日、後楽園ホール大会で清宮と対戦。8分14秒、顔面蹴りを決めてレフリーストップ勝ち。5月9日、大阪府立体育会館・第2競技場大会で潮崎と対戦。17分47秒、ヴァーティカルスパイクで勝利。5月13日、博多スターレーン大会で清宮と対戦。13分34秒、スリーパーホールドでレフリーストップ勝ち。5月29日、後楽園ホール大会で北宮と組んで潮崎、清宮組のタッグ王座に挑戦。20分15秒、中嶋がヴァーティカルスパイクで潮崎に勝利。GHCタッグ王座を奪回した。7月28日、後楽園ホール大会で丸藤、齋藤彰俊組を相手にタッグ王座の防衛戦。25分21秒、齋藤のデスブランドに北宮が敗れて王座転落。10月4日、後楽園ホール大会で杉浦のGHC王座に挑戦。29分37秒、アンクルホールドに敗れた。10月30日から始まったグローバルリーグ戦に参戦。開幕戦の後楽園ホール大会で丸藤と対戦。12分48秒、ヴァーティカルスパイクで勝利。11月8日、後楽園ホール大会で佐藤耕平と対戦。10分38秒、ジャーマンスープレックスに敗れた。11月12日、広島産業会館・西展示館大会で齋藤彰俊と対戦。12分25秒、顔面蹴りでレフリーストップ勝ち。11月14日、高松シンボルタワー展示場大会で長井満也と対戦。6分50秒、ウラカンラナでフォール勝ち。11月16日、世界館大会でクワイエット・ストームと対戦。12分23秒、PKで勝利。11月17日、大阪府立体育会館・第2競技場大会で拳王と対戦。16分48秒、ダイビングフットスタンプに敗れた。11月22日、仙台PIT大会で北宮と対戦。15分20秒、監獄固めに敗れた。リーグ戦は4勝3敗に終わった。11月24日、リーグ戦1位の丸藤が負傷欠場を発表。11月25日、後楽園ホール大会で優勝決定戦進出をかけて佐藤耕平、拳王と3WAYマッチ。7分47秒、中嶋がフランケンシュタイナーで拳王に勝利。同日の優勝決定戦で清宮と対戦。18分34秒、タイガースープレックスに敗れた。12月7日、後楽園ホール大会で潮崎と組んでGHCタッグ王者決定トーナメントに参戦し、1回戦で谷口、コーディ・ホール組と対戦。8分25秒、谷口が凶器攻撃したため反則勝ち。同日の決勝で拳王、北宮組と対戦。20分22秒、潮崎がラリアットで北宮に勝利。GHCタッグ王座を獲得した。12月16日、横浜文化体育館大会で谷口、火野組を相手にタッグ王座の防衛戦。18分18秒、火野のFucking Bombに潮崎が敗れて王座転落。 19年1月6日、後楽園ホール大会で潮崎と組んで谷口、火野組のGHCタッグ王座に挑戦。19分、谷口のマイバッハボムツヴァイに潮崎が敗れた。2月1日、ノアが新体制に移行し、リデット・エンターテインメントのオーナー企業となった。2月24日、後楽園ホール大会で潮崎と組んでヨネ、ストーム組のGHCタッグ王座に挑戦。19分59秒、中嶋がヴァーティカルスパイクでストームに勝利。GHCタッグ王座を獲得した。3月10日、横浜文化体育館大会でエディ・エドワーズ、北宮組を相手にタッグ王座の防衛戦。21分、中嶋がヴァーティカルスパイクで北宮に勝利。4月6日から始まったグローバルタッグリーグ戦に潮崎と組んで参戦。5勝1敗1引き分けでリーグ戦を突破。5月4日、後楽園ホール大会での優勝決定戦で杉浦貴、KAZMA組と対戦。27分39秒、杉浦のアンクルホールドに中嶋が敗れた。6月13日、大阪府立体育会館・第2競技場大会で杉浦貴、KAZMA組を相手にタッグ王座の防衛戦。28分、杉浦のフロントネックロックに中嶋が敗れて王座転落。6月23日、高岡エクール大会でKAZMAと対戦。10分29秒、ヴァーティカルスパイクで勝利。6月27日、後楽園ホール大会で潮崎豪と組んで杉浦貴、KAZMA組のGHCタッグ王座に挑戦。29分4秒、中嶋がバーティカルスパイクで杉浦に勝利。GHCタッグ王座を獲得した。7月21日、むつグランドホテル大会で清宮海斗、谷口周平組を相手にタッグ王座の防衛戦。26分39秒、潮崎がラリアットで谷口に勝利。7月27日、カルッツかわさき大会で清宮海斗のGHC王座に挑戦。29分34秒、タイガースープレックスに敗れた。8月4日、後楽園ホール大会で齋藤彰俊、井上雅央組を相手にタッグ王座の防衛戦。16分31秒、中嶋がバーティカルスパイクで井上に勝利。8月18日から始まったN−1 VICTORYに参戦。開幕戦の名古屋国際会議場イベントホール大会で望月成晃と対戦。17分22秒、右ハイキックでKO勝ち。8月23日、熊本市流通情報会館大会でイホ・デ・ドクトル・ワグナー・ジュニアと対戦。16分16秒、ムーンサルトプレスに敗れた。8月24日、高松シンボルタワー大会で谷口周平と対戦。30分時間切れ引き分け。9月9日、後楽園ホール大会で拳王と対戦。15分3秒、右ハイキックにKO負け。リーグ戦は1勝2敗1引き分けに終わった。10月14日、金沢流通会館大会で井上雅央と対戦。12分5秒、バーティカルスパイクで勝利。11月2日、両国国技館大会でマサ北宮、稲村愛輝組を相手にタッグ王座の防衛戦。17分2秒、中嶋がバーティカルスパイクで北宮に勝利。12月3日、後楽園ホール大会で潮崎豪と対戦。29分30秒、ムーンサルトプレスに敗れた。
「なぜ佐々木さんにお願いしたかといえば、WJ時代一番厳しかったからです。『厳しい人に付いていけば間違いない』と思ったんで。ただ、佐々木さんの反応はちょっと困った感じだったと思います。僕はあとで知ったんですけど、そのころ佐々木さんはフリーで活躍されてたけど、家庭菜園をやったり子どもたちにミルクを薄めてあげるくらい(金銭的に)厳しかったみたいで。でも、僕はプロレスを続けられるならこの人しかいないと思った。『お世話になりたい!』って必死でしたね。佐々木さんと北斗さんが話し合った結果だと思うんですけど、『“長男”として受け入れたら、親が食べられなくても子どもにはゴハンをあげられるだろう』って。そこまでして自分のことを受け入れてくれたんです」
(中嶋の健介オフィス入団について。 週刊プロレスNo.1547 「レスラーヒューマンストーリー 中嶋勝彦」 より)
(2016年10月24日 16時30分 東スポWEBより)
【ノア23日・横浜】ついにGHC初戴冠の中嶋勝彦 幼少の極貧生活が原動力
23日に行われたノアのGHCヘビー級選手権で中嶋勝彦(28)が王者の杉浦貴(46)を撃破し、第28代王者に輝いた。15歳でプロデビューしてから14年目にして初めてヘビー級シングルのベルトを戴冠。原動力は小学生時代から持ち続けているハングリー精神で、記念会場となった横浜文化体育館(横浜文体)は約15年前にプロへの扉が開いた運命の場所だった。
苦しかった。花道でのフロントスープレックスに蹴り、イス攻撃・・・。一連の前哨戦で負傷し、テーピングが巻かれた脇腹に集中砲火を浴び続けた。それでも苦悶の表情で必死に耐え続けて30分過ぎだ。杉浦の顔面にトラースキックを命中させると、すかさずこの日2発目のバーティカルスパイク(垂直落下式ブレーンバスター)へ。33分45秒の死闘を制し、同王座4度目の挑戦でついに至宝を手にした。
「長かった。この日を夢見て、頑張ってきました」(中嶋)
その瞬間、2002年2月15日の出来事が鮮明によみがえった。場所は同じ横浜文体。リングスの大会を訪れ、控室で前田日明氏(57)と対面した。「背中を見せてみろ」と指示され、緊張しながら衣服を脱いだ。体つきを確認され「よしっ、うちに来い」とリングス入りが決まった。直後に同団体が活動停止となり、紆余曲折を経てデビューは03年9月6日のWJ横浜文体大会になったが、横浜文体はプロへの道筋が開かれた“運命の会場”だったのだ。
「そもそもこの世界に入ってきたのは、自分が貧乏だったから。稼ぎたい気持ちがあった」。3人兄弟の次男として生まれ、幼少期に両親が離婚。愛知県内で母の富士子さん(70)が女手一つで育ててくれた。
だが、小学生時代の生活は困窮を極めた。空手の稽古が終わり午後10時過ぎに自宅に帰ると真っ暗。「ロウソクを持ったオカンが『お帰り』って出てきた。電気とガスを止められていたんです。汗をかいて帰ってきても、水風呂しか入れなかった」。白米は食べられず、主食は玄米。母がパート先から持ち帰ったコーンスープだけが食卓に並んだ日もあった。
そうした中、希望の光を見たのが当時大ブームだった立ち技格闘技「K―1」だ。自分と同じように小さい体でヘビー級の強豪を倒す故アンディ・フグさん(享年35)の姿に憧れ、11歳の時に格闘技の世界に入ろうと決めた。そこから空手の実力をつけ、前田氏の目に留まった。
夢を抱いたあの日から17年。ついにヘビー級の頂点に立った。「この瞬間から新しい時がスタートした。俺は止まらない!」と豪語した28歳の若き王者が、新時代を築いてみせる。

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