ダークロHP
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オレオレ助け

2003年の時の話をしよう。その年は、オレオレ詐欺というのが流行った。詐欺師が「おれだよおれ!」と息子や肉親のふりをして老人に電話する。その電話を聞いた老人は、本当に肉親がお金に困っているのだと勘違いをして、詐欺師の指定した銀行口座にお金を振り込む。そういった詐欺の手口だ。私はこの年、失業中だった。この国の当時の景気はどん底で、いつまでたっても良くならなかった。ある日のことだ。徹夜で履歴書を10通書き終えた。先日書いた20通の履歴書は、全滅した。どこの会社からも電話が来なかった。今回は大丈夫だろうか。ポストに入れたら、むしょうに腹が減ってきた。もうご飯を作る気力もない。私はファミレスに入った。1ヶ月に1度くらいファミレスに入る。ここではいろんな人が料理を食べているので、孤独な気分がかなりまぎれる。今朝は、なにか気分を晴らしたかった。朝からコーヒーを飲んだりおいしい料理を食べて、朝日を浴びながらイージーリスニングの音楽を聴いたりしたい。店に入ると太った女の店員がレジの向こうで電話していた。電話し続けているので、私は勝手に席に座った。力尽きて、しばらく呆然と座り続けた。それにしても腹が減った。

いつも店内にかかっているイージーリスニングの音楽が、なぜだか聞こえない。店員の電話がヒステリック度を増して、ここまで聞こえてくる。
「だからあ、電話がつながらないんですよ!だからぁ、だれにも来てもらえなくてえ!はいはい。そうです。はい!だからぁ!」
「メニューください!」
電話し続ける店員に向かって腹の底から大声を出した。
「はぁい!少々お待ちください!リンさん!メニュー持ってきて!お客さん!」
そう叫んで、店員は電話を続けた。

私は席を立って、ドリンクバーに向かった。注文を待たずに、勝手にコーヒーを飲むことにした。店内がどことなく匂った。24時間営業の喫茶店でよく嗅ぐことのできる匂いだ。徹夜明けの人がたくさんいたのだろうか。なんとなく目の前のテーブルのおばあさんから匂いが来ているような気がする。今この店にいるのは、おばあさんと私だけだ。鮮やかなブルーのセーターを着ている。おしゃれだ。背中を丸めて身動きせずにテーブルをじっと見つめている。いつからいるのだろう。テーブルにはドリンクバーのグラスが置いてある。ドリンクバーは飲み放題だから、好きなだけ店の中にいることができる。なぜかタバスコの瓶もテーブルに置いてあった。

店員ではなく、料理人がこっちに来た。料理人は、メニューを私のテーブルに無言で放った。
「これ」
私はカレーの絵を指さした。
「あとね、水ください」
料理人は無言でテーブルを離れた。メニューは私の手元にあった。いつまでたっても水はこなかった。

電話し終わった店員が、おばあさんの方にやってきた。メモ用紙をおばあさんに見せた。
「お客さん。ここに書いてある番号、あれ、全部嘘でしょ。全部つながらないよ」
「払ってくれますよ。電話すれば、来てくれるんだから」
「何人か電話に出た人もいたけどぉ、おばあちゃんのこと知らないって。おばあちゃんなんか家にいないんだって。おばあちゃん、どこに住んでるの?」
「私も、待っているんですよ。電話すれば、来てくれるんですよ」
「だからぁ、何度も電話したんでぇ。誰も来ないんでぇ。払ってくれないんでぇ」
「ここに来るように言われたんですよ。電話してくださいよ」
「でも何回もかけたんでぇ。どれも電話つながらないんでぇ。警察を呼んだんでぇ」
ほかの客がやってきたので、店員がその場を離れた。チャンスだ!行け!しかし、おばあさんは逃げようとしなかった。じっとテーブルを見つめながら座っていた。2人の警官が店の中に入ってきた。カレーも私のテーブルにやってきた。たまねぎが大きすぎて口に入りきれない。きっと、忙しいせいなのだろう。さらに、これはカレーではない。ビーフシチューだ。ナベを間違えているか、作り方を間違えている。どうしよう。ビーフシチューのほうがカレーより値段が高いので、私はこのまま食べ続けることにした。

目の前で警官がおばあさんを尋問している。
「家はどこ。どこに住んでるの」
「電話が・・・電話が・・・」
おばあさんのブツブツとつぶやく声が聞こえた。
「ふざけんなよ!こっちだってねえ、遊びでやってるんじゃないんだよ!」
「いいかげんにしろよ!こらぁ!」
警官が怒鳴った。大きな音を立てて、調書をテーブルにたたきつけた。がらんどうな朝の店内に響いた。これはなにかのサービスだろうか。私に余興を見せてくれているのだろうか。なんだか客としてきているのに、ものすごく、この場所にいづらい雰囲気だ。私も、今日書き終えた履歴書が全滅すれば、かなり金に困るだろう。どうすればいいのだろう。無銭飲食してしまったおばあさんは、人事ではない。それにしても、誰に電話しようとしたのだろうか。電話番号は、誰の電話番号だったのだろうか。でたらめな番号だったのかもしれない。最後まで、忘れることのできない番号だったのかもしれない。その時、男が勢いよく店内に入ってきた。黒い長髪で、白いTシャツを着て水色のジャージをはいている。大学生くらいの年だ。さっきまで寝ていたように見えた。
「おばあちゃん、おれだよおれ!」
警官たちは怪訝そうな顔をして男の前に立ちふさがった。
「だれ?」
男は警官を押しのけて、おばあさんの目の前にしゃがみこんだ。
「さっき電話してくれたんでしょ?帰ろうよ」
男はおばあちゃんの手を引っぱって立たせた。なんだ、本当に無銭飲食じゃなかったのか。老人虐待じゃないだろうか。警官は、男に対し、調書になにか書かせた。きっと住所や電話番号だろう。男の学生証のようなものをメモし終わって、警官もようやく納得したようだった。男がおばあさんの手を引いて出口に向かった。警官がダラダラとその後に続いた。その時、おばあさんの背すじが伸びた。おばあさんは丁寧に店員の女にお辞儀をした。お辞儀が、美しいラインを描いていた。この店では見ることのできない作法だった。礼儀作法が身についているのだろう。近年まれに見るすばらしいお辞儀だった。そして、みんなが出ていった。ドリンクバーのグラスとタバスコの瓶がテーブルに残った。

窓から2人の姿が見えた。朝日が差して、すばらしくいい天気になりそうだった。2人は手を握りながら、警官が車に乗って帰っていくのを眺めていた。男に向かって、おばあさんはゆっくりとお辞儀をした。男は片手を上げてそれに答えて、すたすたとどこかに行ってしまった。おばあさんもどこに行くのか、ふらふらと目の前の交通の激しい道を見渡しながら、男とは逆方向に、あてもなく消えていった。なにかおかしい。なぜ同じ方向に帰らないのだろう。結局は、男は孫じゃなかったのか。信じられない。孫じゃないのに、なんで助けたのだろう。おばあさんの匂いが、朝の新鮮な空気によって、だんだん薄れてきた。朝だからかもしれない。朝から不景気で、警官に囲まれていたら、悲しい気分になる。一日の始まりにしては、あまりにもひどすぎる話だ。オレオレ詐欺という言葉がある。これは逆だ。オレオレ助けだ。おれおれヘルプだ。

私はようやく、カレーのようなものを食べ終えた。最後に、満足のゲップが出た。  △