小市民ダークロのありがちで気の抜けた感じのやつ

怪獣の見えるバー


舞台はオシャレなダイニングバー。東京で1番高いビルの最上階。夜景がきれいで東京湾を見渡せる。季節はクリスマス。遠くから見ると、ビルがクリスマスツリーの形にイルミネーションされていて、最上階のバーがツリーの上の星の部分に位置している。目の前の夜景を楽しみながら、男と女がカウンターに座っている。カウンターには他の客も何人かいる。バーテンダーが酒を作って、2人に注いでいる。
「メリークリスマス」
2人はグラスをあわせる。
「あなたに」
と男。
「あなたに」
と女。
「そろそろはじまりますよ」
バーテンダーがカウンターの一人一人に声をかけていく。男が女の耳元にささやく。
「はじまるよ。予約を取るのが大変だった。この日に限って世界中から予約が入るから」
このビルと同じくらいの高さの怪獣が、東京湾から上がってくる。怪獣が進みながら町を破壊して進んでいく。炎が上がり、火花が散っている。ビルが砕けて廃墟と化していく。怪獣の通った後には何も残らない。それを眺めるバーの客とバーテンダー。
「・・・本物なの?」
目を見張る女。
「本物だよ」
冷静な男。
「こっちに来ないの?」
男が笑う。
「大丈夫大丈夫。初めてここに来るみんなが同じこと言うんだよな。最初の頃は、東京中がものすごいパニックになったけどね。でも、何年も何年も同じ道を行ったり来たりするだけなんだから。怪獣だっていっても、しょせんは動物だったんだよ。テリトリー意識が強いみたいで、自分のテリトリー以外の場所に行こうとしないんだよ」
「でも、東京にいれば誰でも見れるんじゃないの?もっと近くで見たほうが迫力あるだろうし。このバーって、なんで世界中で有名なの?」
「ほら、窓の上のモニターを見なよ。マスター!モニター!モニター!」
「かしこまりました」
丁寧におじぎをしてカウンターの下からリモコンを取り出してスイッチを入れるバーテンダー。窓ガラスの上の何台ものモニターに電源が入る。モニターには、いろいろな角度から怪獣が町を壊すシーンを映しだされている。
「あ」
驚く女。
「これがあるからこの店が有名なんだよ」
「すごい迫力ね・・・でも、何回も同じ場所を行ったり来たりしているんでしょ?あの怪獣って」
「そうだよ。だからこのビルも無事なんだよ」
「だったら、なんで町があるの?怪獣に壊されたと同時に町をもう一度作るの?何年か経って、また来ることが分かっているのに、同じ場所に町を作るの?・・・無駄じゃない?」
「ちがうよ。あれは町じゃないんだよ」
「町じゃないの?だって今、こわされているじゃない」
「あれはセットだよ。怪獣の行進を盛り上げるためにわざわざ作っている。全部ハリボテ。フェイクだよ。怪獣ビデオを作れば世界中に売れるんだよ。なんてったって本物なんだから」
怪獣が進んでいく。バーテンダーが、もはや怪獣をふり向きもせずに平然とグラスを磨いている。
「きれいだろ?ここだけの景色だよ。100万ドルの夜景。今まで一度も見られなかった光景だよ」
「そうね。よく見れば・・・きれいね。なんだか、神秘的な光景ね」
グラス片手に眺めている2人。怪獣が立ちどまる。ゆっくりとこのビルの方を向く。じっとにらんでいる。
「どうしたの?」
と女。怪獣が方向を変える。
「たいへんだ!こっちに来るぞ!」
と男。
「え!うそ!」
と女。
「来たぁ!」
とバーテンダーが叫ぶ。混乱の店内。だんだん近づくにつれて姿が大きくなっていく怪獣。怪獣が咆哮している。グラグラとビルが揺れはじめる。目と目が合った。窓いっぱいに巨大に見開かれた目。気絶する女。突然、目が消える。怪獣の姿が窓から消える。静まりかえる店内。しばらくして足音が聞こえ、怪獣の後姿が窓に映し出される。
「た、助かったのか?」
男は気絶している女を起こす。バーテンダーが窓にへばりついて下を見おろしている。当然バーテンダーが興奮して叫ぶ。
「はっは!大変だ!怪獣がビルの前でうんこしたぞ!すごいでかい!地球規模のうんこだ!」
「あ、わかった!」
男が大声をあげる。女がびっくりして起き上がり目を見開く。
「ツリーだよ!このビルのクリスマスツリーのイルミネーションがいけなかったんだ。あれが怪獣の縄張り本能を刺激したんだ。犬が柱におしっこをするように、怪獣がクリスマスツリーに糞したんだ。マーキングだよ。だから壊す必要がなかったんだ!」
「あ〜驚いた。もうだめかと思ったわ」
2人、お互いに抱きあう。
「なに、この匂い・・・いやあ」
女が顔をしかめた。客たちがフロアを逃げ惑い、次々に倒れていく。大混乱。
「うんこだ!うんこのガスがビルを登ってここまで来たんだ!」
とバーテンダーが息をつまらせながら言う。
「し、神経ガスだ・・・」
男が倒れた。女も男の上に崩れ落ちた。
怪獣、東京湾に去っていく。ビルに、クリスマスツリーのイルミネーションが輝きつづけている。