ダークロHP
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連載小説「ガンジャ!」
第9章「音が続いている」


「せせせ、先輩。・・・こここ、こんなの落ちてました」
明け方。ケガ人を救急車に乗せてから店に戻ってきた時の、あの、トオルのビビッている顔が、今でもはっきりと思い浮かぶ。その日の帰りに、トオルといっしょに電車で品川シーサイドまで行った。駅を降りて道を歩いていたら、向こうから自転車で警官がやってきた。トオルはビビッて怪しい挙動を見せていた。警官は、おれの腫れあがった顔を怪訝そうににらんでいたが、何事もなく通りすぎることができた。おれたちは橋の真ん中で止まった。水面が輝いている。モノレールが川沿いを走りすぎていく。川沿いに、同じ形をしたマンションがいくつも立ち並んでいる。向こうにも橋が見える。その先は海だ。おれたちは拳銃を橋から川に捨てた。キラキラと輝く朝日を浴びて、拳銃は沈んでいった。
「先輩。大丈夫ですかね?あれ。見つかってませんかね?」
1ヶ月くらい、トオルはおれの顔を見るたびに心配そうな顔つきで同じ質問をくり返した。あれからDJシュリは、どこに行ったのだろうか。あいつの居場所が、またよく分からなくなった。新聞やテレビ、ネットを見ても出てこなかったから、どこかにうまく逃げたのかもしれない。もしかすると、どこにも逃げられなかったのかもしれない。どちらも、そこらじゅうに落ちているような、ありうる話だ。ある日、うちに荷物が届いた。韓国からだった。「おとおわってもわるなよ」と下手くそな字で書かれた紙切れといっしょに、自分で焼いたようにみえるCDが入っていた。かけてみると、どこか懐かしいような気がした。DJシュリが作ったのか、他人の曲なのか、よく分からないけど、一度は聴いたことがあるような気がした。割れたCDをかき集めてできたような曲だ。悪くなかった。曲自体は割れていなかった。割ろうとも思わなかった。その日1日は、ずっとこのCDをかけ続けた。

届かぬ思い。見つめあう二人。木漏れ日の射しこむ代官山のおしゃれなオープンカフェ。最高のシチュエーションじゃないでしょうか?でも、頭の中からセリフが出てこない。向こうもそんな感じだった。相手はタバコを吸いつづけていた。1箱くらい吸ったんじゃないだろうか。なんてしゃべればいいか、どこまでもわからない。時間だけが、どんどんどんどん過ぎていく。
「グッドバイブレーション。音は、今まで、自分が聴くだけだった。重要なのはレコードじゃないです。グッドなバイブレーションは、おれでも出せる。みんな出せる。君も出せる。イッツ。それが、ナイスフィーリン・・・」
緊張のせいか、自分を見失ったせいか、勝手に言葉が出た。意味不明さは、まるでガンジャがのり移ったかのようだ。DJはストローをかみながら黙って聞いていた。うすいピンクのレースのような上着に、濃いピンクのキャミソール。まるで桜と梅の花がいっしょに咲いているみたいだ。
「音は音波だけじゃなくて、この周りにはいろいろな波があふれている。光とか。なんか、赤外線とか。ニュートリノとか。君の波、おれの波。ふるえながら揺らめいている・・・」
言葉が消えた。いつまでたっても戻ってこなかった。DJがタバコに火をつけた。
「それで、波はどうなったの?」
「海に波があるのは月のせいだ。青い、青い。海に広がる波は、地球に引かれる力と、月に引かれる力から生まれた。寄せては返し寄せては返す。・・・波だ。それはリズムの結晶だ。なにもない心からは、波が生まれない。君の存在は、おれの中に波を作る」
「そう。作ってたの?」
「なにを?」
「なみ。波よ」
「うん」
「そう。作ってたんだ」
「・・・・・・作ってたんだよ」
DJが煙を吐き出す。煙が流れていく。広がっていく。そして消えていく。
「これで終わりのような、なにかの始まりのような、そんな感じ」
「ああ。そう、それ。おれも、そんな感じ」
DJがタバコをもみ消した。
「さっきオババに会ってきたよ。元気みたいだった」
「あああ。まだまだやってくみたいだよ」
「でも、営業停止でしょ?」
「深夜営業をやめるらしい。夜の12時まで。ライブハウスみたいな感じだな」
「うそ。健全!」
思わずおれの口元が緩む。
「でも、どうなるか分からないよ」
「うふふ・・・。また、ほとぼりが冷めたら朝まで営業するんでしょ?」
「へへへ・・・」
「私も、戻ろうかな」
「・・・・・・どこに」
「あの店に」
「オババはなんて言ってた?」
「別にいいって」
「別にいいんだ。そうか。なんで、店を辞めたの?」
「いろいろな世界を見ておかなくちゃ。でも、一番いい所はどこか。考えてたのよ」
「おれのせいか?」
「あんたのせいでもあるし、私のせいでもあるの。もういいのよ。終わったことなのよ。それとも・・・」
「一番いいところ、おれ、知ってるよ」
「どこ?」
「たぶん。ここだよここ」
おれは自分の胸を親指で指さした。
「どこ?」
「一番いいところはここ」
「アッハッハッハッハッハッハッハッハ!」
DJが大声で笑った。周りの客がいっせいに振り向いた。地上で餌をついばんでいた鳩たちも、いっせいに飛びたっていった。
「そうやってあんたは、適当に、肩肘張らずに、ほめられもしない仕事をし続けてればいいのよ。流れるままに気楽に、死ぬまで日もあたらずに暮らしていけばいいのよ」
「じゃあ、許してくれるのかい?」
「ばかね。もう気づきなさいよ。そういう男についていく女は、一人もいないのよ。一人もいないの。いい?25年以上生きてきて、ついてきてくれたことなんか一度もなかったでしょ?分かる?これからもずっとそうよ」
「へへへへ。そういう男についていく女は理想だな」
「そうやってぬくぬくとしなさいよ。いい?まだ、チャンスがあるわ。あなたがまっとうな生活をすれば、許してあげるわよ」
「まっとうな生活って、どうやるんだい?」
「たぶん、最初は税金払うのよ。健康保険だって払ってないんでしょ?余裕ができたら、国民年金だって払うの。いい?あなたが考えているほど、人生は短くないのよ。お店だって、風営法を守って、ちゃんと税金を払うのよ。確定申告って知ってる?ん?後でいろいろ教えてあげる」
「・・・・・・なんか今、おれの耳にいろんな情報が流れこんだ気がする。スゲー情報量だったよ。大変そうだなあ」
「時間がかかるわね」
「でも、まっとうな生活をする前に、君はどこかに消えちゃうんだろ?」
「消えるかもね」
「税務署ってどこにあるの?市役所?ん?」
「そんな、急に財布出さなくてもいいわよ。座ってよ。・・・・・・ねえ。それまで待っていてあげてもいいわよ」
「取り返しがつかなくなってもいいのかい?」
「取り返しがつかないものなんて一つもないわよ」

何日か経って、おれは店に向かって歩いていた。春がやってきたようだ。うれしいことに桜の花びらが舞っている。世界は音楽で満ちあふれているのだった。赤信号になり、大きな交差点でおれは立ち止まる。大きなバスが目の前を通る。たくさんの乗客の一人一人は桜の花びらで、大きなバスは桜の大木なのだ。そして大きなバスの中のたくさんの乗客の一人一人は曲で、音符の集まりなのだ。流されながら曲が流れていく。流れるリズムは生きている。ルルルルルル・・・。下りのバスも通る。ルルルル・・・。ブルルルル・・・。青信号になった。道行く車の一台一台は曲で、音符の集まりなのだ。中にいる人も、音符の集まりなのだ。エンジンと一緒に曲が流れていく。ルルルルルル・・・。ブルン!ブルルン!人々が歩く。そして一人一人が・・・・・・。交差点のどまんなかで、ラガマフィンが携帯を耳に当てて話しこんでいた。まだ、対戦成績では1対1だ。おれとしては決着はまだついていなかった。おれはやつの携帯を後ろからつかんだ。やつが振り返ってにらんだ。額と額をぶつけあった。背伸びしないと向こうの額に届かなかった。
「てめえ。まだ、壊れたりないのかよ」
おれの言葉にラガマフィンがニヤリと笑った。
「来いよ」
ゲームセンターに入った。真っ暗なフロアに、10台ほどのマシンがブラウン管を輝かせて稼動していた。真っ暗な空間に、真っ白な若者が何人も溜まっていて、機械的な動きでレバーをくるくるくるくるさせている。ゲーム会社が作ったプログラムに従って100円玉を消費し続ける工場勤務のマシーンたちだ。金を払って働いているような、面白いやつらだ。暗闇の中のラガマフィンの口は、夜光塗料で緑色に光っていなかった。流行りが終わったのか、それとも薬をやめたか。
「ふっ、ふっ、こ、こいつで勝負つけるか」
「ああ?」
「格闘ゲームだよ。やったことあるか?」
「ない」
「ふっ、ふっ、お、おれもだよ。向こう行って100円入れろよ」
おれはラガマフィンの向かいの対戦台に座って100円を入れた。ラガマフィンも100円を入れたので、プレイヤー選択の画面になった。弁慶みたいなやつをチョイス。ラガマフィンは、野球選手みたいなルックスのやつをチョイスした。適当にガチャガチャとレバーを動かして、3つあるボタンを連打していると、立て続けに攻撃がヒットした。野球選手みたいなやつが倒れた。おれの勝利だ。
「ナイスファイト」
店を出てからラガマフィンが言った。おれはやつをにらんで襟首をつかんだ。
「おい。マジなガチやろうぜ。マジなパンチくらわせてやるよ」
「ふへへへ。おまえ、ボクサーなんだな」
「ボクサーだったんだよ」
ラガマフィンは、ふへへへへと笑った。ふへへへへ・・・。
「お、おれより殴ったほうが面白いやつ、たくさんいるだろ?な、なあ?ふへへへへ。・・・おまえ、ボクサーだろ?わかってんだろ?試合開始だ」
そろそろ試合開始か。そうかもしれない。ラガマフィンがニヤリと笑った。ああ、見たことある。キャリアやリーチで圧倒的に強い相手との試合前に浮かべることのある顔つきだった。負けるかもしれない。でも、ああやって、こうやったら、もしかしたら勝てるかもしれない。
「ふへへへへ。助かったよ」
「ああ?」
「あいつらだよ。いや、おれのほら、おまえが倒したおれの5人の兵隊。ふへへへ。す、すぐに救急車が来て、み、みんな無事だった。またな」
ラガマフィンはおれの手をふりほどくと、ニヤリと笑って雑踏に消えていった。おれは呆然としてやつの後姿を見送った。

おれが店に入ると、2メートルくらいのばかでかいラクガキが壁に書かれていた。



音符記号が黒ペンキで乱雑に描かれていた。音符記号は、上に向かう矢印のようにも見えた。いつまで待ってもガンジャは来なかった。あのばかでかい音符が、あいつの最後のメッセージだということに、間違いなかった。おれはいつまでも音符を眺め続けていた。オババがやってきた。オババも音符を見上げて、ガンジャがいなくなったのを感じ取ったようだった。2人で音符を眺めたあと、オババが言った。
「さあ」
おれは待つのをあきらめて、店の外に飛び出した。おれはやつのアパートまで走った。信じられないことに、そこにはガンジャもいなく、ゴミもなく、トラックもなく、アパートもなく、ただの空き地になっていた。
「建築計画のお知らせ」
空き地に、立て看板が立っていた。マンションがここに建つらしい。どこにいるのだろう。どこでなにしてやがるんだ?あいつはよお・・・・・・。おれは、今日の営業のために、代役のDJをいろいろ探すことにした。携帯で、思いつくかぎりのDJ連中に電話した。でも探しても無駄だった。自称DJはたくさんいた。でも、DJはどこにもいなかった。ガンジャの代わりなど、どこにもいるはずはないのだ。いつのまにか開店時間になっていた。店に戻り、冷たい階段を降りていく。どこまでも深く深く、日光が当たらず、はてしなく地の底にある場所に、この店がある。開店時間は過ぎていた。おれは重たいドアを開けて、フロアに戻った。

ト、Y、T、h、X、T、I、Y、I、Y、V、I、V、Y、n、C、O、_、T、I、Y、I、Y、I、Y、I、Y、I、Y、I、Y、I、Y、I、Y、T、Y、I、T、R、P、Y、I、T、Y、R、I、T、Y、I、T、Y、I、T、Y、I、T、I、Y、I、Y、I、Y、I、Y、ト、T、ト、T、ト、T、ト、T、&、ト、Y、n、C、Y、F、n、C、Y、n、C、Y、n、R、C、Y、n、C、Y、n、C、Y、R、n、C、Y、n、C、Y、n、&、Y、n、u、C、T、Y、I、T、Y、I、G、T、Y、T、Y、I、T、Y、I、T、R、Y、T、Y、I、T、Y、I、T、Y、ト、Y、T、h、X、T、I、A、Y、I、Y、V、I、V、Y、n、C、O、_、T、I、R、Y、I、P、Y、I、Y、I、Y、I、Y、I、Y、I、Y、I、Y、T、Y、I、T、Y、I、P、T、Y、I、T、Y、I、T、Y、I、T、Y、I、T、I、Y、I、Y、I、Y、I、Y、ト、T、ト、T、ト、T、ト、T、&、ト、Y、n、C、Y、n、C、Y、n、C、Y、n、C、Y、n、C、Y、n、C、Y、n、C、Y、n、C、Y、n、&、Y、n、C、T、Y、I、T、Y、I、T、Y、T、Y、I、T、Y、I、T、Y、T、Y、I、T、Y、I、T、Y、Y、I、T、Y、I、T、Y、Y、T、Y、I、T、Y、I、T、Y、I、T、R。

フロアには客がギッシリ入っていた。そして、そこはきらきらと輝く天国になっていた。おお!なんということだ!ガンジャのいなくなったフロアで、みんなが踊りはじめている!ホンダMCマックス@マークが隣にいるのに気づいた。レコードをかけようとせずに、おれの隣で踊っている。トオルもいる。オッさんもいる。ヒデGもいる。エレクトキッズもいる。オババもいる。音楽が、まだ続いている。リングインしてから、試合開始のゴングを待つような、身震いするような戦慄が走る。体がかってに動きだす。おれの体がダンスを始める。おれたちは、リズムを刻んでいる。全ての夜は、こうあるべきだ。流れる音楽は太古から持っていた生命のリズムだ。DJなんか初めから必要なかったのだ!フロアが波打ってる。ここでなくてもいいのだ!どこでも自由だ!どこにいても自由だ!かなりキタ!キマッテキタ!ゴキゲンなパーティーになってきたぜイエイ!きらきらとプラズマが光っている。大変な数の音像の洪水、そこだ。入れろ、出せ、戻せ、宇宙は君が救え!ファンタ!ファンタマグマ!ファンタジスタ!君こそ全世界、君こそが宇宙だ!今夜はみんながDJだ。広がる!広がる!ノヴァ!ノヴァ!ノヴァ!超新星の爆発にも似た強力な光の固まり、そして音像の固まり。ファンタ!ファンタマグマ!ファンタジスタ!世界に現れたおれは、ゆっくりと息を吸い、ブルブル震えて口を大きく開けて、大きく叫ぶ!
「ガンジャ!」



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