ダークロHP
小市民ダークロの
ありがちで気の抜けた
感じのやつ
★TOP
★文章
★画像
★作曲
★映画評
★その他
★レスラーノート
★リンク
★ムシャッピー


連載小説「ガンジャ!」
第8章「ブロークンワード」
その3


「おう、ダメボクサー!」
オッさんが店に入ってきた。
「来たぜ」
オッさんの目つきで誰が来たのかすぐに分かった。ついに来た。
「ちょっと休憩に入るぜ」
そばにいたトオルにそう言って、おれはグローブをはめてカウンターを飛びこえ、階段をかけのぼった。路上にいるのはラガマフィン。10人くらいの仲間が周りにいる。やつの前に立った。やつらが立ち止まる。おれの全存在を食らいつくそうとしているかのように、緑色に光る唇をゆがめながら、緑色に光るヨダレをたらしながら、やつはおれを見下ろす。額と額がぶち当たる。人間離れした強烈な眼光がランランと不気味な炎を噴きあげておれを襲う。
「お、おおおおおお、おまえら!だぁれに断って店やってんだよぉ!」
「消えろよ」
「ゴキが!クソゴキが!」
「消えちまえよ。バカヤロウ」
「ももも、もう。店、終わりにしろよ。おおおおお。おまえら、もう終わりなんだよ」
ラガマフィンが左の頬をひきつらせて笑った。
「おまえが、終われよ」
「クソゴキ!」
ラガマフィンの仲間がおれに飛びかかってきた。たてつづけにカウンターを浴びせ、3人が弾けとんだ。
「おほほほほ!飛ぶ!飛ぶ!おおおお、おれも飛ばしてくれよ」
「こっちこいよ」
おれたちは路地に入った。ドブネズミが這いまわり、ビルとビルの間に挟まれた行き止まりのつまらない通路だ。風がやんでいる。静かな夜だ。後から一人だけついてきたラガマフィンが首をかしげる。夜光塗料で光り輝く唇が笑う。
「ぶっぶっぶっぶっぶっぶっぶっ殺されてえんかよ」
「ばかやろう。リターンマッチだよ」
「ふぁふぁふぁ、こ、こ、ころ、殺されてえんかよ」
やつが、ゆっくりと首をかっ切るポーズを決めて、親指を下に突きおろす。おれはファイティングポーズをとった。
「フェヘヘヘ。すすす、すぐに終わらせてやるよ。おまえを殺したら、つ、次は、店にいるあのDJだ。あいつ、を、殺す!DJバトルで、勝負決めて、グチョグチョにぶん殴って。終わりだぁぁぁぁぁ」
「今日は、あいつに任せたんだ。あいつの邪魔はさせねえ」
「グ、グチョグチョにしてやるよ。ふふっ、ふははふぁふぁふぁふぁ。メ、メチャクチャにしてやるよぉぉぉぉ」
「うるせえよ」
「殺してやるよ」
「・・・・・・もう、死んでるんだよ。おまえも連れてってやるよ」
猛獣のようにラガマフィンが飛びかかった。一瞬で間合いをつめられた。おれは距離をとりながら連打を続けるが、カウンターにならないし、相手の懐が広くてなかなか当たらない。おれの腕が空気を抱いた。思いっきりノーガードになったボディにコブシを食らう。強烈な衝撃に膝の感覚がなくなって、宙に浮かび上がる。強烈なボディの連打におれのガードが壊れていく。打ち合いになったら確実に負けだ。打ち終わりをしぶとく待って、1発まっすぐな右を返し、体をそらせて距離を取る。まだいける。大地を踏みしめ、力強く。華麗なダンス。ステップと同時に左!左!左!リズミカルな感触。連打が次々にリズムを刻んでいく。コブシから音が出る。いろいろな音が出る。これもまた、1つの音楽だ。相手の曲も聞こえはじめた。雑音混じりだ。ステレオじゃないな。おれの左フックが相手のゴツイこめかみに炸裂した。固いガードがおれの連打を防ぎきり、もみ合いの中で押しこまれる。知らぬ間に距離をつめられた。相手の音圧がすごい。スピーカーがぶっ壊れるほどの強烈な連打。暗闇に浮かぶ怪物。おれの足元が定まらない。重低音のようなジャブの連打で体勢を崩される。来た!左フック!右ストレート!スクラッチし続けるジャブの連打。ハウリング混じりの殺人的なコンビネーションが襲いかかる。ガードした腕の感覚がなくなっていく。一瞬、頭蓋骨が砕けるような衝撃が走り、真っ暗になり、肩の力が抜け、腰が抜け、膝が崩れ、意識が飛びちり、何も感じなくなる。静かにどこかにゆっくりと落ちていく。どこかの奥。どこかの底。どこまでも深く、果てしなく遠く。ドープ。ドープ。ドープ。ドープ。ドープドープ。ドープ。ドープ。おれの曲が終わり、おれのレコードが終わり、レコードの針がノイズを吐きだし、レコードがそろそろ止まる。・・・それでもまだ、どこかで音が聞こえる。ガンジャの曲が、どこからか聞こえる。おれと一緒に作った時の曲だ。曲だ、曲をかけろ。踊れ。朝まで。朝が来るまで。曲だ。自分の曲をかけろ。とどめとばかりに振りあげられたラガマフィンのアッパーが見えた。自分の曲のリズムに合わせながら、かわす。やつの動揺を感じる。やつの重いパンチを体全体でギリギリにかわしながら、手数で反撃する。相手のガードが異様に固い。落ち着け。曲を聴け。ワンツーからの右の追い打ちがヒットした。おれのまっすぐがいい感じで伸びている。相手のスピーカーから音圧が下がってきたようだ。相手の膝がガクガクと揺れている。踊っているのか、踊らされているのか。やつのスピーカーから音が聞こえなくなった。雑音のような右ストレートをかわして、渾身の力を込めて叩き込んでいく。やつは打たれ強い。鋭い目つきで一発逆転のKOパンチを狙って待っている。ここで打ち疲れたらおれの負けだ。相手は究極の一撃を持っている。リズムをつかめ。キラー・チューンをかけろ!ガンジャ!ガンジャ!おれの曲を浴びながら、ラガマフィンの体が揺れに揺れた。重低音の反撃をくらうが、おれは曲をかけ続ける。流れに乗って、おれの曲はどこまでも続いていく。踊りつかれたのか、ラガマフィンの体が崩れ落ちて、路地に沈んでいく。フロアに誰もいなくなったので、おれは自分のために曲をかけ続けてから、しばらくして音を止めた。15ラウンド戦うと、こんな気分になるのだろうか。不思議な気分だ。疲れを超えて、むしろすがすがしい。何時間も経過したような気がしたが、たぶん10分くらいしかたってないはずだ。相手はまだ眠っている。おれのほうも立っているだけで精いっぱいだ。



<< 第8章その2へ   第8章その4へ >>
 △