ダークロHP
小市民ダークロの
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病院に行った時のこと

息ができないのは苦しいことだ。不眠症になってしまい、2日間眠れない夜を過ごした3日目の夜のことだった。社会人1年目の時だな。あれは。1日中パソコンのディスプレイを見つづける仕事だった。単調な仕事の繰り返し。仕事になれていないのも不眠症に拍車をかけた。

 仕事から帰ってくると、頭がくらくらした。ベッドに横になったが、気持ち悪くなった。吐けば治るかなと思って、トイレで吐こうとしたけど、何も出てこなかった。だんだん息ができなくなった。病院に行こうと思ったが、夜間にやってる病院がどこにあるのか分からなかった。そこで、近所に住んでいる彼女に電話した。救急車を呼んで1万円も払いたくなかった。そこまで重症じゃない気もした。彼女がよく行く病院の名前を教えてもらった。私もついていくと彼女が言った。

 彼女が来るのを待った。近所なのに、来るのが遅かった。デートの待ち合わせと勘違いしてたんじゃないか。タクシーで道をまっすぐ行って、病院に着いた。見たことのない病院だった。
「ここは夜間の診療はおこなっていないんです」
と受付のメガネが言った。
「誰か医者はいないんですか?」
「おりません」
「だいぶ調子悪いんですけど。だれかいないんですか?」
「おりません」
「だれか、呼んでくれませんか?」
「そうですか。じゃあ、すぐそばに住んでる看護婦を呼んでみます」
ロボットみたいな会話だった。この会話の情景は、今でも夢に出る。

 私たちは、看護婦が来るまで待つことにした。病院の広い待合室の長イスに寝転んだ。受付のメガネは私たちに無関心で、ただ受付にいて座っていた。座りつづけた。たぶん今も座っているんじゃないかな。長イスに寝ている間に、さらに調子が悪くなった。ほとんど呼吸ができなくなった。目の前がグルグル回っていた。看護婦は来なかった。私はフラフラと立ち上がって、受付のメガネに言った。「救急車を呼びたいので、電話貸してもらえませんか?」受付のメガネは、面白い冗談だと感じたらしく、にやりと笑った。悪魔の微笑みのようだった。笑っただけだった。あいつは何もしなかった。何もしゃべらなかった。私はそのまま外に出た。彼女がついてきた。「どこに行くの?」まるでここから離れるのをとがめるような口調だった。「あそこの電話ボックスで救急車を呼びに行く」「もうすぐ看護婦さんが来るよ」「死んじゃうよ。ねえ、電話かけてくれる?」彼女は電話をかけた。私は病院の入口で座りながらつばを吐いていた。なんとなくつばを吐くと気分が楽になった。吐きつづけた。「救急車の人が、ここがどこかって聞いてるよ!」知るか!おまえが連れてきたんだろ!私は電柱まで這っていって、プレートを読み上げた。「○○番地の○○」「え?なに?聞こえないよ」「○○の○○!」私は必死になって叫んだ。あの女は、私を殺す気なのか。「体の具合はどうかって聞いてるよ!」「息ができないよ!」「息ができなくて、後はどうなの?」「心臓がドキドキしてる!そのうち止まりそう!」私が座っている所から電話までは距離があるので、大声をあげなければ相手に聞こえなかった。彼女は私が苦しむのを見てるのだから、自分で説明できそうだけど。「何でそうなったか聞いてるよ!」「たぶん不眠症!眠れないんだよ!」彼女はパニックになっているようだ。もうどうでもよくなって、私は彼女に背を向けて横になった。「大丈夫?大丈夫?」電話から戻ってきた彼女が繰り返し繰り返し言ったが、私は無視した。この時が今までで一番、死に近かった。でも自分に対して何の感情も湧いてこなかった。作業中に突然動かなくなったマシン(パソコン)に対して感じるような気分と同じだった。「まあ、いいか」という感じ。救急車も絶対に来ないような気がした。夜の路上で寝転んで、希望も心配もなくなった。ほとんどパニックがなくなっていた。

 20分くらい、道に寝転んでいると、救急車がやってきた。看護婦さんはとうとう来なかった。救急車のイスに座って、指に洗濯バサミをはめた。脈拍数を調べるようだ。「今から○○病院に向かいます。すぐですから」○○病院だって?病院名を聞いて、少し不安になった。私は以前、その病院に行ったことがあった。友人の盲腸のお見舞いに行ったのだ。あまりの建物の古さにビックリした。この90年代後半の時代に、床が抜けそうなほどの木造建築なのだ。部屋の中が暗かった。あとで友人と一緒に撮った写真を現像したら、真っ暗で何も映ってなかった。友人のとなりに寝ているのは精神病患者で、暴れるのでベッドに手錠で縛りつけられていた。あそこに行っても大した処置を受けられそうもない気がした。「大丈夫?大丈夫?」彼女は救急車の中でも、私に向かって体の調子をバカみたいに問いつづけた。「さっきからうるせえよ!大丈夫じゃないからここにいるんだろ!黙れよ!」私は怒鳴った。彼女はそれっきり黙って泣いていた。
「おお!」
救急車の人たちが脈拍数を見て、おどろいていた。
「これはすごい!」
「もうすぐ病院に着きますから!」
周りの反応を聞いて「それ見たことか」と思った。私には救急車に乗るだけの資格があるのだ。少し誇らしかった。

 病院に行って、無理やりこづかれながら心電図やレントゲンを写された。夜間治療室だけあって、若い医者が多く、乱暴な気がした。「息ができない?寝れば治るよ、そんなもん」心電図を撮りながらバカにしたように笑っていた。ベッドに酔っ払いが寝ていて、おなかを痛がっていた。カップル(アベック)が医者の話を神妙に聞いていた。医者はカップル(アベック)に肝臓についての難しい説明をしていた。男の方が明日、また病院に来て手術をするみたいだ。しばらく長イスで待たされて、医者がやってきた。
「異常なしですね」
「本当ですか?じゃあ、なんで息ができなくなったんですか?」
「酸素は肺の中でヘモグロビンと合体するんですけど、疲れていると酸素とヘモグロビンが合体しなくなるんです。あなたの症状がまさにそれですね」
「どうすれば治るんですか」
「寝れば治ります」
「・・・寝られないから、ここに来たんです」
「じゃあ、ちょっと待ってて」
医者は米粒みたいな大きさの睡眠薬を一粒持ってきた。
「これを飲めば寝られますから、とりあえず、家に帰って寝てください」
「ここまで来るのにものすごく大変だったんですよ!とてもじゃないけど、家に帰れる自信がありません」
「大丈夫ですよ。救急車の時はだいぶ危ない数値になってましたが、さっき計ったらだいぶ落ち着いていましたから」

 医者は自信たっぷりだった。何日か経って、違う病院で心電図を撮ったら、不整脈が見つかった。病院によって、異常があったりなかったりするのだろう。こうして「寝れば治る」という処方をいただいて、私は帰路についた。だったら、あのまま家で寝ていたほうがよかったのだろうか?私は記憶にないのだが、彼女の話だと「木造のくせにいばりやがって。本当に異常ないのかよ」と帰る時にブツブツ言っていたようだ。

 その後も何度か調子悪くなった。そういう時は、タクシーで病院に行った。○○病院じゃなく、家から近くにあって、親切な医者のいる病院を自分で見つけた。この何年かは、身体も大丈夫だ。夜も眠れる。寝れば治るから。もちろん調子が悪くなっても、彼女には電話しなかった。苦しい時でも、人に甘えてはいけないから。あの日は無事にタクシーで3時に帰ってきて、10時に家を出た。もちろん会社に行ったんだよ。勤勉さは、私の唯一の美徳だからね。

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