瞑想2008 ダークロHP
2009.01(1)

目覚まし時計の鳴る夢で目が覚めた。

3時まで眠れない。目覚まし時計の鳴る夢を見た。「あれ?最近の目覚まし時計は、眠りに入った時にも音が鳴るのか。すごいな」と感心したのだが、実際に朝になったと気づき、起床。かなりはっきり聞こえたのだが、それは夢だった。起きてみるとまだ6時。こう毎日毎日、会社ばかり行っていると、なにも考えが浮かばなくなる。作業、作業、作業の連続。死んでいるのか眠っているのか。半覚醒状態の夢の中にいるようだ。もう少し、週休五日くらいで、詩作などして優雅に過ごしたい。詩作なんかしたことないけど。詩吟もいいな。やり方わからないけど。じっと静かに一人で過ごしたいが、これだと社会的には死んでいるのかもしれない。なにも考えが浮かばないことこそ、生きているということなのだろうか。今は、電車の中。ここまで書いてきて、定期券を落としたことに気づいた。疲れた。少しは休もう。


08年の植物の記録その1。
13時半には日陰になるベランダだが、多少は鉢を置くスペースもあるので、ハーブを育てることにした。日向ぼっこしながら午前中を過ごせて、気分がよかった。3月8日にまいたパセリの種がいつまで経っても芽が出ないため、4月12日に、近所の花屋でパセリの苗木を100円で購入。緑色がきれい。パセリの種からも芽が出たが、ほとんど育つことはなく、冬にはほとんど枯れてしまった。パセリの種は難しい。パセリは苗から買ったほうがいい。パセリは2年草だから、1度冬を越すと枯れてしまうのも残念だ。4月28日、近所の花屋でローズマリーの苗を買ってきた。見た目は好きじゃないが旺盛な生命力、水やりを多少怠っても大丈夫な地中海気質、1年で枯れないところ、頃合いを見計らって花を咲かせるところ、ハーブティーとして楽しめるところが気にいった。あまり成長しなかったが、これは冬になっても元気で育っている。5月17日、高田馬場の小さな花屋でアップルミントを200円で購入。最初は元気がなかったが、地下茎を伸ばしに伸ばして、元の茎からどんどん茎を生やして増殖し、異常な生命力を発揮。気持ち悪くなるほど、どんどん茎が育っていったが、ベランダの端に置いていたら、秋に枯れた。どうやら根腐れのようだった。5月24日、高田馬場の花屋でワイルドストロベリー(野いちご)の苗を200円で購入。小さな白い花を実をつけて、いい香りのするかわいい実をつけたが、7月の終わりに根腐れかなにかで枯れてしまった。8月10日に高田馬場の同じ店でワイルドストロベリーを買ったが、すぐに枯れた。


08年の植物の記録その2。
9月23日、レモンバームを中野の島忠で2株買う。9月28日、都立家政にある渋谷園芸でレモンバームとローズマリーの大きな苗とシルバータイムを買う。シルバータイムはおしゃれな感じで、小さな見た目がキレイで楽しい。一番日に当たる所で育てているが、寒さにやられたせいか、今は茶色。春まで元気だろうか。ローズマリーの大きな苗は、強烈な香りで元気がよかったが、日当たりが悪いせいか、冬に一部分が枯れてしまった。レモンバームの3株の苗は、アップルミントが枯れた場所に置いていたら、10月の半ばに根腐れで枯れてしまった。雨が降ると、雨漏りのように上の部屋のベランダから水が落ちてくるのが原因のようだとその時気づいた。レモンバームの香りが気に入り、今度は10月25日、近所の花屋でレモンバーム2株買う。さらに10月26日に中野の島忠でレモンバームを2株買う。6月25日にはバジルの種をまいた。2つの横長の鉢で10本育てたが、ぐんぐん育ち、花を咲かせ、実をつけた。これには自信になった。ただ1年草なので、12月の終わりに枯れてしまった。09年1月に育てている苗はローズマリー2本。パセリ1本。レモンバーム4株(元気がない)。シルバータイム(枯れているように見える)。春になったらまたバジルの種をまいて、ワイルドストロベリーの苗を育てたい。


パターンや記号、身体イメージによって現実を認識する。パターンや記号、身体イメージによって現実を認識する。複雑な呪文。現象の波紋。処理能力には限界がある。現実のスピードにどれだけ対応できるか。周りの風景が歪み、加速していく。消失点を見つめながら思考の彼方へ。


この冬は土日に晴れることが多かったせいか、暖かい気がする。暖かい日に外出すると気分がいい。春みたいな日も多い。晴れた日には公園などに行き写真を撮る。見慣れた物を見慣れない物へ。目新しい物はなにかの記念に。帰宅してから写真を眺めるのも楽しい。新しいカメラを買おうと思う。手ブレ補正のせいかもしれないが、このカメラは写真がぶれる。暗くなると特にそうで、固定させてもしっかり写らない。ちょっと手ブレさせたほうが写りがよくなる。何十回も同じ場所でシャッターを押す必要が出てくる。さらに、パソコンで大きくすると気になるのだが、発色が悪い気がする。ただ、この世は、はかない。カメラの中に世界があるわけではない。カメラがブレても世界はブレない。写真のデキに優劣もない。今、私が持っているカメラは、気楽にポケットにつっこんで持ち運べる機動性がすごい。もしもいいカメラを買った場合、これよりは大きくなるだろう。「撮影のために外出する」という形になるのも窮屈だ。会社でパソコンばかり触っているから、のんびりしようかとなにもせずにブラブラするのが楽しいのだ。カメラは心の余興なのだ。息抜きに外に出ながら、機械を扱うと疲れないだろうか。たとえ、その日が楽しい一日だったとしても、写真がひどかった場合、私は落ちこんだりしないだろうか。なにかの拍子で撮影データが消えてしまった場合、その日自体も消えてなくなったりしないだろうか。キレイな写真を撮り新鮮な認識を手に入れつつ、のんびりできる方法はないだろうか。一眼レフの入門機だったら、小さめで、レンズを換えたりして楽しめそうだ。とりあえず買ってみて、試してみよう。

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