瞑想2008 ダークロHP
2008.11(3)

ぼうっとする。いつもぼうっとしているが

7時起床。またもや青空。気持ちのいい天気。ぼうっとする。いつもぼうっとしているが、特に朝はぼうっとする。静かにまどろむ。お湯が出ないので水で顔を洗う。今日はガス工事の日だ。でも工事は午後1時からだったと思うが。インフルエンザの予防接種を受ける。そんなに痛くないし、特に感動もない。こまごました仕事が多くてちょっと疲れる。3日連続でオフィスから富士山がキレイに見えた。六本木ヒルズの時21Fのは、感動的なほどきれいに富士山が浮かんでいたが、まあ、9Fでもそこそこキレイ。夕焼けがキレイだった。帰りはじんたんとキムチ鍋を食べる。2人で7千円したが、おごってあげる。予防接種を受けていたが、ビールを2杯飲んでしまった。帰りにペットボトルの水を買って500ミリ飲む。23時に帰宅。お湯が出る。よかった。


単館上映でやっている映画を見ようとして町に来たのはいいが、どこにもその映画館がない。 線路ぎわの土手のアジサイ。 とりあえず飛んでみる。 映画館に入ると、全員がタバコを吸っている。 煙でスクリーンが見えない。 みんなが自分を見ている。 自分が映画に居る??? 音も聞こえなくなる。 無声映画のように始まる物語。 タバコの副産物は煙だ。ヤニだ。 知識の副産物は本だ。 町が消失している。 公共事業で東京タワーのような巨大な建築物を建てることになる。 建築物の名前は「オールナイトニッポン」。 支配者たちは巨大な怪物を従えているが、護衛のためで、けっして襲うことはない。 建設中の建物の中は巨大な迷宮になっている。 出口なし! 不景気のために失業する。 失業者たちは巨大な建物の中に入っていく。 巨大な家の中へ。どんどんどんどん建物の中へ。 建設現場の先頭にたどり着く。 建設者たちは疲れている。 「君、私の代わりにここを作ってくれ」 「私は失業したんですよ」 「失業とは、雇われる側に立って始めて成立する、君がこれを手伝えば、それは仕事になる」 「設計図はありますか」 「そんなものはどこかへ行った。消えてしまった」 「外見はとんでもなくなってますよ、内部はただの混沌です」 タバコの中は煙だ。煙の中はヤニだ。ヤニの中はタバコだ。 近くのスナックで。歌うおじさんの声が聞こえた。 ものすごい勢いで、建設を始める。 「僕という素人のつらなり。僕という素人のつらなり。」 出口なし! 雨に濡れながらタクシーをつかまえる。 気づいたら真っ黒な部屋でイスに座っている。 単館上映の映画館? 「お客さん、どちらまで」 「この近くにあるはずの、一番近くの単館上映の映画館まで」 後ろを見ると、巨大な「オールナイトニッポン」が浮かんでいる。 さまざまな突起物を持った巨大な球体。 静かに浮かび上がる球体。 「こんな形で、こんなに大きかったのか」 運転手が声をかける。 「ああ、今夜は満月ですね」


7時起床。快晴。どこか空気の澄み具合が冬。ベランダの前の桜が紅葉。青空に映える明るい色。色彩が満ちていく。電車の景色もいつもと違う感触。たくさんの色があって、たくさんの形がある。じんたんが、モコモコした毛皮のようなブーツを履いてきた。巨大なネズミが二匹歩いているように見える。「マタギに気をつけろ」とアドバイスする。トニーが二日連続で寝坊で遅刻。私の仕事は順調。チェック項目が多い雑務を4時間。19時50分に会社を出る。大崎で大戸屋とケーキ屋。ハンバーグとフルーツケーキ。新宿21時38分、10度。寒い。冬だ。


アッテンボローの自然番組を見る。テーマはヘビ。ヘビは舌で匂いなどをわかるらしい。匂いの粒子の多さや流れで獲物の距離を調べるらしい。地面につけたアゴの振動で獲物の距離を調べる種類もいる。舌が、世界を理解するために重要な役割を担っている。人間とは全く違う特殊な世界だ。

講談社選書メチエ「日本人の脳に主語はいらない」月本洋 ・・・面白い。
  日本語では「私はあなたを愛している」とは言わないが英語では「I LOVE YOU」。
  なんで日本語は主語を省くのか?この違いは科学的に証明されている。
   ・日本人はイギリス人とちがって、母音を左脳で聞く。
   ・日本語は母音が多い言語だ。
   ・右脳は「自分」と「他人」を分ける時に使われる。
   ・言語野は左脳にある。
   ・左脳と右脳の伝播には時間がかかる。
  ため、日本人には主語が出ないのだ。
という結論が冒頭にある。これだけでも面白いが、他の細かな話題が面白くて刺激的だった。選書メチエは面白い。



穏やかな朝。路地で見上げると、無数の電線。曇が敷きつめられていて、かすかに青い空が見える。世界は私に語らない。私も世界に語らない。静かな朝である。赤信号で立ち止まる。ビルが建ち並び、看板が立ち並び、人々が立ち並ぶ。静かな交差点。そして青信号。私は語りかけず、笑いかけず、駅に向かう。情報を読みとこうとする時、読みとかれる側の立場で考えること。あえてトリックを使われて、間違った方向を向くこともある。時には誤解も探ってみる。そちらに本質があるかもしれない。予期、予測、予想は控える。真実には感情がないから。簡単な解決策、難しい論理に流されないこと。時間、空間に全ては拘束されている。「遊び」は、間違った論理に身をゆだねること。世界には、人間には「遊び」がある。あえて識別し、時には「遊び」をもて遊び、楽しむこと。真実と、感情的な(間違った論理での遊び)意味づけ(神とか夢とか)は、別の物。感情的な意味づけを連ねて、文化ができる。論理を連ねても文化にならない。

←前のページ (HOME) 次のページ→

ページの上へ ▲
瞑想2008 ダークロHP